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魂は瞬時に

2015.08.24 (Mon)
* 怖い話ではありません。

やや古い(2014年6月)話になりますが、こんなニュースがありました。
『100%の精度で量子テレポーテーションに成功
テレポーテーションとは、ある地点から別の地点へと一瞬にして移動することをいうが、
そんな夢のような実験に100%の精度で成功したとオランダ・デルフト工科大学が発表! 
「量子もつれ」という現象を利用して、1つの粒子が3m離れた地点にある別の粒子へ、
光速を超える速さで情報伝達したのを確認した。これは100%確実に起きる。
次は1300m離れた地点での量子テレポテーションに挑む。』


これ以前は、古澤明東大工学部教授を中心とするグループによる、
完全な量子テレポーテーションは61%の成功率でしたので、
実験の精度が高まったということです。
このニュースの解説は、ネット上でもさまざまな科学系のホームページ、
ブログで紹介されていますので、
詳しくお知りになりたい方はそちらを参照していただくことにして、
当ブログでは、これに関してオカルトをからめた話をしてみます。

さて、まず量子テレポーテーションとは何かというと、
2つの粒子間にある「情報の伝達」のことを指していて、
実際に「物質」である量子が、ある地点から別地点に移動するわけではありません。
あくまで量子の持つ情報だけが移動するのです。
しかし相対性理論では、情報は光速度を超えて伝達されることはないはずです。
あれ、おかしいですね。

何から書いていきましょうか。まず「量子もつれ」ということになるでしょうが、
これを説明しようとするといくら書いても終わらないので、ここでは簡単に、
「量子Aと量子Bがもつれている。量子Aが右という性質を持てば、量子Bは必ず左になる」
実際はもっと複雑なのですが、こう理解しておくとわかりやすいでしょう。
この関係は、理論的には2つの量子A、B間の関係がどれほど離れていても生じます。
また、特別な観測しなければ右か左かということはわかりません。

この2つのうちのどちらかをロケットに乗せて月まで運びます。
で、月面上でその量子の状態を観測すると、右という性質を持つことがわかりました。
ということはAの量子ということです。
とすれば、地球上にあるのはBの左の性質を持った量子ということになります。
・・・確かに瞬時に情報が伝わったという形になりますね。
しかし、月面上で観測した結果を地球に伝えるためには、
電波を飛ばしてやるしかありません。
電波は光速ですね・・・ということで、これだけでは人間の役に立ちそうもないです。
古典的な通信手段を使用することから逃れられない。

そこで考え出されたのが、第三者であるCの量子を介在した実験です。
AとBのもつれた関係を、AとCに移してやると言えばわかりやすいでしょうか。
AとCを観測することにより、AとBと同じもつれ関係を作ってやります。
そうすると、瞬時にBの情報がCに伝わり(乗り移ると言ってもいいです)
BがCになり代わったように見えるのです。
現在の科学では、量子に個別の違いというのはありませんから、
Bが一瞬でCのある地点に移動したと言ってもよいわけですね。
つまり、実際に物質が移動しているわけではなく、
あくまで量子の持つ情報が移動したということなんです。

現在の実験では、この量子テレポテーションができるのは、
原子1個ほどの大きさまでですが、
理論的には人間のテレポテーションも可能になる、と言う人もいます。
まあしかし、できるとしても、これは遠い遠い将来の話でしょう。
人間並みの大きさを持つものをこの原理でテレポテーションするには、
はかりりしれない技術上の困難があると思われます。
自分としては、むしろ、空間を曲げるとか(ワープ)、
別の原理を使ったほうが早いんじゃないかという気がしますね。
当面は、量子コンピュータへの応用が研究されることになるんでしょう。

さてさて、ここまで読まれた方は、以前に当ブログで取り上げた
哲学の思考実験である「スワンプマン」の話に似ている、とお思いにならないでしょうか。
スワンプマンというのは「ある男が沼地を散歩している途中で雷に打たれて消滅し、
そのとき、偶然にも雷が沼地を直撃し、
死んだ男とまったく変わりない人間を作り上げてしまった。
スワンプマンは外見だけでなく、記憶や人格も完全に同一である。」
実は、量子テレポテーションでもし人間が送れるのなら、
送られた先の人間は、スワンプマンと変わりないことになると思います。

人間の体は、数えきれない量子で構成されています。
では別の量子を用いて、ある人物と寸分違わない、完全に同じものを作り上げたとして、
それは元の人物と同じなのでしょうか?
これは完全に哲学の問題になってしまいますよね。
さらに、人間には「魂」がある、と仮定します。
では、この量子テレポテーションで送られた人間には、魂はあるのでしょうか?
あるのだとしたら、魂は量子で構成されている「物質」なのでしょうか ww
皆さんはどう思われますか?

ああいあかおあお



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コメント
「魂」というものをどう定義するかにもよると思います。

「わたし」が「いま生きている」ということをヴィヴィッドに感じているこの「世界=内=存在」としての実存そのもの、とすれば、ライプニッツの「完全に同じものは同じである」というテーゼ通り、「魂」がそこにあると認めるのに何の不具合もないとわたしは考えます。

しかし、「魂」を、「人間が人間として生きていることの取り返しのつかぬ一回性」と考えるのならば、「魂」が仮にその作り変えられた人間にあったとしても、もとの「魂」と新しい「魂」との間に連続性を求めるのは不当だと考えます。

われわれが「魂」をどう定義づけるかも原理的に共有されえない以上、「魂」の存在非存在をうんぬんするのは、「偽問題」ではないかとスピノザやウィトゲンシュタインはいいそうであります。

それでも「魂」について考えることは意味があると考えざるを得ないのが「哲学」の陥っているドツボではないかと……。
ポール・ブリッツ | 2015.08.24 22:40 | 編集
コメントありがとうございます
仰るとおり魂がどのようなものかの定義は定かではありません
定義されない状態で、進学も含め長い間論争が続きました
例えば「生命に付随して必ずあるもの」と定義すれば
スワンプマンにもあるでしょう
というと今度は、生命の定義の話になりますが

bigbossman | 2015.08.24 23:17 | 編集
 私はこの手の話を読むと、キングの「ジョウント」を思い出しますね。個人的に、あれは立派なホラーでした。おかげで、客観的な「魂」への影響より、主観的な「自我」への影響が気になってしまうという・・・
| 2015.08.28 20:26 | 編集
コメントありがとうございます
キングのジョウント・・・あれを読んで自分は
優れたスポーツ選手は一瞬の時間が長く引き伸ばされて感じるみたいな
エピソードを思い浮かべました ボールが止まって見えるみたいな
それと間隔なしの意識だけというのは想像できないですね
われわれは黙っていても、自分の体の血流を聞いたり
空気の触感を持っているわけですし
bigbossman | 2015.08.28 23:12 | 編集
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