選り分ける

2015.09.10 (Thu)
神職養成所に在学中です。あれ、在学って言葉でいいのかな。
ええ、女子ですが、巫女さんじゃなくて正式な神主を目めざしているんです。
アルバイトの巫女さんなら、ちょっと研修を受ければなれますけど、
正式な神職の資格は、養成所で2年間学ばなくては取れないんです。
そうですね、専門学校みたいなものですね。
うちの場合は、跡継ぎの男子がいなかったため、
長女の私が神社をまかせられる予定でなんです。
養成所で学んでいる人の数自体が少ないんですが、私の他に女子はいますよ。
先日、夏休みの間でしたけど、私を含めた女子3人でアルバイトをしたんです。
ここで話しても大丈夫かって? いえ、別に禁じられたりはしてませんし、
どうせ話しても誰も信用しないような内容ですから。

ほら、全国的に有名な花火大会があるでしょう。そうそう、それです。
あれに関したバイトでした。毎年うちの養成所に依頼が来るんです。
それで、中から私たちが選ばれて派遣されたということです。
特殊能力? うーん、たぶん必要なんでしょうね。
私自身は特別なことをしたとは思いませんが、養成所のメンバーはほとんどが、
何らかの普通の人は持たない力を備えていますので。
3人とも今回の参加が初めてでした。新幹線のチケットをいただきまして、
花火大会が行われる前日の朝に、そこの土地に着いたんです。
それですぐ、県の神社庁に顔を出しました。
大会には神社庁も総出で協力しているんですよ。それから世話役の神職さんの車で、
会場に近い山の中の小さなお社に向かったんです。

薄がぼうぼうに生えた中に、朽ちかけた細い鳥居が立っていて、
その奥には拝殿はなく、注連縄が上部にかかった洞窟がありました。
そこの前の草が四角く刈ってありまして、そこで仕事をしたんです。
巫女さんの装束に着替えさせられましたよ。
道具はですね、まず御神鏡、これは古式の銅の鏡で、紐で吊るして使います。
それと丸三宝といって、ほら御供物などをのせる台がありますでしょう。
あれは四角いのが多いんですけど、その丸型のものです。
これが2つで、それぞれ一人が担当します。
陰・陽とあるうちの、私は陰のほうを受け持ちましたが、
これが一番重要な御役目なんですよ。いえ、本来は陽のほうが大切なんでしょうけど、
陰のほうがさまざまな危険があるんです。どういうことかは、これからお話します。

バイト料ですか? あ、はい、奉仕料は一人10万円でした。
実働3日間ですから、これは多いと思われるかもしれませんが、
古来から行われている御役目ですので。うまくできないと花火大会に影響しますから、
けっこう必死でしたよ。さっき危険があるって言いましたけど、
20年ほど前には食べられてしまった子もいたという話です。
誰に食べられたのかって? それを今、順を追って説明してるとこです。
あわてないでください。それで、夕闇のころになるまで、その場で待機してたんですが、
ヤブ蚊などの虫が多くて嫌でした。巫女さんの装束は虫にはさされにくいんですけど。
私たちの他に、地元の位の高い神職の方々が10人ほど詰めておられました。
何かご無礼などの問題が起きたときに対処してくださるためです。
7時を過ぎまして、そろそろ最初のお客様が見えられてもいい時刻です。

3人で緊張して待っていました。私は丸三宝を草の上に置きまして、
いつでも持ち上げられるように、準備していたんです。
三宝の上に何があがっていたと思いますか? さすがにここの方でもわからないでしょうね。
陽の三宝には御神餅で、これはそうですね、八ツ橋というお菓子にやや似ています。
私の持っているほうは、ナマズの干したものだったんですよ。
ええ、あの川とか沼にいる魚のナマズです。その細長く乾いたやつが20尾ほど。
「そろそろ来られるようだぞ」神職の方が声をかけられまして、
そうしたら、注連縄のかかった洞窟の入口が、貝の裏側みたいな虹色に変わったんです。
普段は奥行き5mくらいの、洞窟というより洞穴みたいなところで、
奥に祭壇があるだけなんですが、その高さ2mほどの入り口が、
ベールがかかったようになりまして。

そこを通られて、最初のお客様がご出現になったんです。
背の高いお方で、3m近くはあったと思います。緋色の長絹姿で、
これは神職の水干とやや似ていますが、もっと古式のものを召していらっしゃいました。
お顔も真っ赤で、猿田彦様の面にそっくりのお姿でおられたんです。それは緊張しましたよ。
なにしろ神様なんですから。前もって説明を受けていたとおり、
御神鏡を持った一人が前に回って、やや離れたところに立ちまして、
三宝を持った私たちが、近づいて両脇に。ええ、神様の身長が3mなので、
私の頭は腰のあたりまでしかないんです。
その神様はちょっと逡巡したような素振りでしたが、右手を伸ばされて、
2つの三宝のうちから御神饌のほうを取られたんです。
鏡を持っていた仲間が中を覗き込んで、神職の方にうなずきかけました。

それで、その神様は神職の方のご案内で川向うの花火会場のほうに連れられていったんです。
何のためにそんなことをするのかって? だからそれを今説明して・・・
その後、1時間のうちに3柱の神様がご到着されまして、
どのお方も三宝は御神饌のほうをお選びになられたんですよ。
そして4柱目のお方です。これは背の低い神様で、小学校1・2年生の身長でしたが、
でっぷりと太られていて、存在感はおありになりました。
三宝を出しますと、初めて御神饌ではなくて私の奉じていたナマズを取られたんですよ。
下から手を伸ばされたときに、生臭い臭いがぶわっとしました。
手にとったナマズを、その場でベロンと舌を伸ばして舐められまして、
そのとき猫に似たお顔の両頬から、ピンと長いヒゲが伸びてきたんです。
それが私の腕に触って、ぴりぴりと電気が走った感触がありました。

そしたら御神鏡を持った仲間がまたうなずきましたので、
神職の方が寄ってきて深々と礼をいたしまして。
この神様は花火会場にはご案内はされないんです。すぐ近くに別の洞窟がありまして、
その中に宴席が用意されているんです。御神酒が何十樽も、
それから撃ちとめられた鹿が数十頭、それをお供え申し上げるんです。
その後、零時までに20柱ほどの神様がお見えになりました。
キリンのように首が長い方、紙雛としか見えないお顔の方、海老の顔の方、
牛を連れた方かと思いましたが、牛に似たほうが神様で、
その手綱を引いているのが従者・・・とにかく様々な神様がご到着なされまして、
その中で花火会場ではなく洞窟に案内された方が2割ぐらいでしたね。
御神鏡は何のためにあるのかって? あ、説明し忘れていました。

神様の中には正体を隠されて、わざとナマズを取らずに御神饌のほうを取られる方がいて、
そういうときには御神鏡が汗をかいて曇るんです。
そのための役目でしたが、今回それはなかったんです。
こうして到着された神様方は、花火会場に案内されたり、洞窟の宴席に案内されたり、
その選り分けのお手伝いをするのが私たちの役割だったんです。
え、何のために選り分けるのかって? それは、宴会場に案内された神様が、
邪悪だとか位が低いとか、そういうことではないんですよ。
ただ・・・その神様が会場におられますと、雨が降るんです。
これは花火大会には大敵でしょう。それで、別におもてなしするということです。
ええ、翌日は神様方のお世話をしながら、私たちも大会を見物させていただきまして、
それはきれいでしたよ。3日目に神様方をお送りして、それで御役御免になりました。

あいあかおかお




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