網(あみ)

2015.09.16 (Wed)
私が5年前、寿退社した会社であった出来事です。
そこは、健康食品を開発・販売している会社で、私が当時所属していたのは経理部です。
女子社員は全部で5人、えーと既婚者が2人でした。
独身者の中で、真理さんという人がいて、その人の話です。
もちろんこれは仮名にさせてもらっています。
その、真理さんなんですが、研究開発部から移動してきたんです。
といっても研究職ではなく、向こうでは特許関係の事務をしてたそうです。
それで、来た当初は25歳だったんですが、ちょっともっさりした感じの子だったんです。
天然パーマの髪を無造作に束ねてるだけで、化粧は最小限。
小太りで背が低く、歩き方がよちよちしていました。
父親の介護をしているということで、ほとんど残業はせず、いつも定時に帰ってました。

昼休みも、私たちが外に食事に出るのにもつき合わず、
自分で作ってきた弁当を食べ、残りの時間は文庫本を読んだりしてました。
そういう子だと、職場のイジメの対象になったりするんですが、
それはなかったです。その一番の理由は仕事ができたことです。
経理部では外部ソフトを使ってのパソコンワークが中心ですが、
研究開発部だったのにすごく詳しかったんです。
エクセルでマクロを組んだりするのも得意で、みなPC関係でよくわからないことは、
彼女の世話になってたんですよ。それと、男性社員には一切関心がないって感じで、
男性社員のほうからも関心を持たれない、そんな人だったんです。
彼女が4月に転属してきて、7月に介護中だったお父様が亡くなられたんです。
まだ60代だったんですが、難病で長期入院中だったということでした。

お葬式は平日だったので、上司が出席したはずです。
同僚で参会したものはいませんし、自宅にお線香をあげにいったということもないです。
それからですね。彼女が変わったのは。
どう変わったかというと、キレイになってきたんです。
最初は体型からでしたね。小太りだったのが少しずつスリムになってきて。
まあ、これだけならダイエットか、介護から開放されて精神的なストレスがなくなり、
食生活も変わったってことでしょうけど、
なんだか背まで伸びてきたような気がしたんです。
でも、それってありえないですよね。私なんか、中学生で成長が止まりましたし。
体型もすごくよくなったてきたんです。2ヶ月ほどしたら、
ちょっと小柄だけど、モデルさんでも通用するようなスタイルになって。

次がというか、体型が変わるにつれて、肌が白くなってきたんです。
これは化粧で白くしてるのとは違います。
そういうのは見ればわかりますが、そうじゃなく肌の内側から輝きが出てきたっていうか、
赤ちゃんみたいなすべすべでみずみずしい感じです。
それと顔も小顔になって、野暮ったい髪型がまったく似合わなくなりました。
もともと美人だった人が、わざと見栄えのしないようにしてるみたいな。
そういうことって、女子にはすごく関心が高いんです。
みんなに聞かれたはずですよ。どんな化粧品を使ってるのかとか、
どこのエステに行ってるのかって。
でも、彼女の答えは決まっていて、化粧は前とまったく変わってないし、
エステにも行ったりしてない、ただ・・・

お父様が亡くなった後に何気なく申し込んだ、漢方サプリのモニターにあたって、
無料でもらった大瓶の漢方薬を毎日飲んでいるってことでした。
これは送られてきたものではなく、中国服を着た人が自宅まで届けに来て、
最初の数回は鍼治療のようなこともしたんだそうです。
でもね、これも変な話でしょう。そんな効果もよくわからないことに、
いくら自宅でとはいえ簡単に身をまかせるなんて。
だから、私がそれを聞いたときは、本当かなあって疑う気持ちもあったんです。
それでも、キレイになっているのは事実なので、その漢方薬まだ買えるのって聞いたら、
そこの会社とは連絡がとれなくなってしまい、薬は大瓶にあと数週間分残ってるだけだって。
まあ、これでも健康食品会社にいたんですから、漢方系はそういうことがあるのはわかります。
これって使用する当人の体質に大きく関わってるんですよね。

つまり効くかどうかはその人次第ってことで。
彼女はお酒も飲まないようなので、ことさらよく効能が現れてるのかもって思いました。
ある日のことです。昼休み、私は急ぎの事務があり、
サンドイッチをつまみながら仕事をしてたんです。そしたらソフトが動かなくなって、
真理さんに聞こうと思ったんです。彼女は弁当を食べ終わって、
自分の机でうとうとしてましたが、耳の横がキラキラ光っていたんです。
ええと、右の耳ですね。うまく説明できませんが、クモの糸があるでしょう。
あれくらいの細さで光る糸が、耳の中から外に15cmくらい、放射状に伸びてたんです。
何十本、いえ、何百本もあったと思います。最初は空中に何かが飛んでて、
真理さんの近くに漂ってきてるのかとも思ったんです。気味悪かったので、
反対から近づいて肩をつつくと、その糸は一瞬でピャッと耳の中に戻ったように見えました。

真理さんが起きてもその話はしなかったですよ。だって私の見間違いかもしれないし、
もしそうでなかったとしても、本人が気持ち悪がるだろうし。
それから2週間くらいしてです。部署のコピー機が新しいのに変わったんです。
いろいろと新機能がついたもので、メーカーの人が来て説明を受けました。
その日の午後です。私が印刷室にコピーを取りに行くと、
真理さんが新しいコピー機の横扉を開けて、中の部品を引っ張りだそうとしてました。
どうしたのか聞いたら、紙詰まりだって。私はわからないので黙って見てたんですが、
かがみこんでいる真理さんのコピー機に近いほうの耳から、
前に見たあの光る糸がワッと出たんです。それはコピー機の内部に吸い込まれて・・・
そしたら真理さんが白目を剥きました。頭をガクンガクン縦に揺らして、
「アガガガガガガガガ チャイ チュイ チョイ チョナナナ チョイナナナ」

中国語みたいな言葉をしゃべり出したんです。
私があっけにとられて見ていると、コピー機に吸い込まれて伸びている無数の糸が、
赤く光り始めました。真理さんは中腰のまま頭と膝をガクガク揺らして、
「チャイ チュイ チャイ チョホホホホホホホホホホホ」って、自分が壊れた機械みたいに。
そのときです。糸の出てる耳の穴から、さらに黒いハサミのようなのが出てきました。
あの、文具じゃなく昆虫とか蟹のハサミってことです。鉛筆ほどの太さの赤黒いハサミ。
それが2、3度空を切る動作をして、それから耳から出ている糸の束の、
根本をチョキンと切りました。糸は瞬間に消滅したように見えましたよ。
やや遅れてハサミが引っ込み、真理さんは何事もなかったように立ち上がって、
「これはダメみたい。新しいものが必ずしもいいわけじゃないわね。
 メーカーの人に来てもらわないと」こう言ったんです。

もしかしたら本当に本人は覚えてないのかもしれないです。
あまり真理さんの反応が普通だったので、
私のほうが幻覚を見たのかと、このときも思いそうでした。
でも、床には真理さんが変な言葉をしゃべって揺れてるとき、
コピー機も一緒に揺れてついた跡が残っていたんです。これは後になって確認しました。
それからです、私は真理さんを避けるようになりました。
さらに2週間ほどして、真理さんが朝出社してきたとき、
みなは本当にびっくりしました。おそらく高い美容院に行ったんだと思います。
髪がストレートパーマになり、色も明るく変わって、
もう芸能人と言ってもおかしくないほどの美人になっていたんです。
相変わらず化粧は最小限でしたけど、それは目の覚めるような・・・

その日から真理さんの仕事ぶりは、心ここにあらずというか、上の空というか、
ほとんど実質何もやってないのと同じで。でも長くは続きませんでした。
真理さんが婚約して退社するって発表があったからです。
相手は、うちとはライバル関係にある健康食品会社の社長の息子でした。
このニュースは社内をかけ巡って、しばらくは大騒ぎでしたよ。
・・・この1年後、私も結婚することになり退社したんですが、その頃には、
真理さんが嫁いだ息子さんの会社に、販売実績でかなり押されるようになっていました。
ええ、ボーナスカットやリストラがあって、私は社内結婚ではなかったし、
やめるにはいい時期だったと思います。真理さんの夫のいる会社が実績を伸ばしたのは、
漢方関係の美容サプリ開発のためで、製品の名前は聞かれたことがあると思います。
大変評判がよいようですが、私は絶対に買いませんし使いません。






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