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カワガラスの湯

2015.09.19 (Sat)
俺が大学のときの話だから、もう10年も昔になるな。
名前は言えないが、ある大学の地球環境科学科ってとこにいたんだ。
この学部がある大学は少ないんで、わかるかもしれないけど。
少数の学生はみんな夢を持っててね。火山学者とか地震学者になりたい、
深海潜水艇で海底地形調査をしたいとか。ああ、特殊な学部だから進路もかぎられてる。
研究職になったやつも多いよ。俺も科学技術庁でね、火山の噴火活動の監視を担当してる。
ほら、御嶽山やら阿蘇山、最近話題になることが多くて、俺んとこにもマスコミは来るよ。
でもよ、これ、普段はほんとに単調なデータ取り中心の仕事だから、好きじゃないとできないよ。
で、そこの学部では、夏休みになると恒例フィールドワークがあったんだ。
火山帯の中に分け入って、地質とか地層とか、そういったものの記録を取ってくるわけ。
いや、もちろん勉強の一端なんだが、酒を持ってくるのは公認でね。

基本はテント生活だが、火山地帯というのは温泉地帯でもある。
少し前に秘湯ブームってあったけど、あれで有名になったのは、
ちゃんとした宿泊棟があるとこだよな。俺らからすればそれはちょっと甘いんだよ。
山の中には、建物も何もなく、湯船だけしかないってとこはたくさんあるんだ。
地元の猟師が沢登りしてたら、川原で湯気が噴き出てる。
温泉なんだが、湯量は少ないし、車のアクセスができないんで、
宿をつくっても採算が合わない。そういうところには、山歩きするやつが岩を組んだ、
湯船だけの温泉がある。素っ裸になって浸かり、沢水で割ったウイスキーをぐっとやる。
これがねえ、ホント楽しみで、フィールドワークが待ちどうしかった。
まあね、危険はあるよ。まず第一は熊だけど、熊は山の中どこにでもいる。
何度か見かけたけど、向こうから人に近づいてくることはまずない。

次が滑落とか、落石、まあいわゆる山の事故だな。
それと硫化水素ガス。火山帯にはつきもので、特にこもってるところが危ない。
空気よりも重いから、窪地とかに溜まりやすいんだ。
演習中の自衛隊や森林管理局の作業員なんかが何人もやられてるんだよ。
とはいえ、少なくとも5人以上で出かけたし、
夏休み中の話だから、いくら高山といっても積雪時の登山とは違う。
それまで深刻な事故が起きたことはなかったんだよ・・・
で、「カワガラスの湯」だ。まず、 この鳥のこと知ってるか?
カラスじゃなく、スズメの仲間で渓流にすんでる。本物のカラスよりだいぶ小さく、
カワセミとかと近い生活形態なんだ。俺が2年のときに行ったフィールドワークでは、
その山地を流れる渓流にいるカワガラスが入る湯ってのがあったんだよ。

正確には、そういう地元の話があったってことだな。
実際に鳥が湯に入ることはないだろうから、たまたま川原の源泉近くにいるのを見て、
そう名づけられたんだろ。でもよ、そういう話、俺なんかはけっこうわくわくするんだよ。
だからそこの沢に入るのが楽しみだったんだ。
で、フィールドワークの計画は4泊5日で、その4日目のことだ。
山頂から中腹での調査を終えて、あとは沢沿いに下るだけ。
そのときの仲間は5人だった。この日まで助教授が指導に来てくれてたんだが、
午前のうちに一人林道に下りて、車の迎えで帰ったんだ。
でな、すっかり自由な気分になった。その夜の泊まりは何の遠慮もないから。
うん、山の怖さへの油断があったんだろうなあ。
気を張ってたのが開放されて、隙ができちまったんだな。

5人が縦列になって、藪を下ってた。木の間から数十m下に渓流が見えた。
かなりの速さで水量も多いようだ。それと、かすかに硫黄臭いにおいがして、
温泉地帯が続いてることがわかった。「この川原に温泉があるんか」
「そうみたいだな」 「肉残ってるか? 今夜は盛大に焚き火しようぜ」
「あんま身を乗り出すなよ」3年のリーダーがそういった声が終わらないうちに、
三崎ってやつが足を滑らせて渓流のほうに落ちたんだよ。
そこは崖というか、木や草が生い茂った斜面で、
バキボキ枝折れの音を残して姿が見えなくなった。「あっ、落ちたぞ」
「やべえ、どっかで引っかかっててくれよ」 「どうします? ここ下りて探しますか」
一瞬で状況を判断したリーダーが、「ダメだ、2次遭難になる。いったん川原に降りて、
 そっから上ろう」俺らは急ぎ気味に、獣道に近い道を下っていった。

数分行くと林の切れ間があって、そっから川原が見えた。
三崎がうつ伏せに倒れていてピクリとも動かず、下の石に赤いものが広がっていた。
それと、その付近の岩の間からもうもうと湯気が上がってたんだ。
「やべえ、下まで落ちてる」 「かなり血が出てるぞ」
「とにかく降りてくしかないだろ。急ぐなよ、慎重にな」
また木が茂って三崎の姿が隠れた。さっき見た様子だと大量の出血で、
命に関わるのは間違いなさそうだった。川原まで数mの高さまで来て、
リーダーが、「木の間を行くぞ」そう言って藪に入り、俺らも後に続いた。
川原の石は日に照らされてカラカラに乾いてて、熱が足に伝わってきた。
三崎が倒れてたとこから50mほど先に出たので、
倒れてたあたりの様子をうかがったが、三崎の体があるようには見えなかった。

「おかしいな。あのあたりに倒れてたよな」 「とにかく行ってみよう」
そしたら、川原と斜面の境目のとこに三崎がしゃがんでたんだよ。
「おい! お前大丈夫か?」 「すいません、大丈夫っス」見ると、顔色は白いが、
血が出たあとは見えなかったんだ。 「さっきうつ伏せで倒れてただろ。血も出てたし」
「いえ、お尻で滑ってきたんで、あちこち擦り傷はあるけど、基本、自分は大丈夫です」
ありゃあ、さっき大量出血してるように見えたのは、なんかの間違いなのかって、
俺らは安堵したんだ。「お前、しゃがみこんで何やってる。どっかまだ痛いのか?」
「いえ、このあたりから温泉が出てるんですよ。それとほら」
三崎が指差したほうには、適当に大きめの川原石を組んでこさえた深さ1mほどの湯船があり、
その山側に小さい、50cmほどの赤い木組みの鳥居が立てられていたんだ。
「これが、話に出てたカワガラスの湯なんじゃないスかね」

「湯がたまってないぞ」リーダーが言うと、三崎は湯が湧き出てる石の間を指さし、
「入るときだけ、こっから溝をつくって湯を引くみたいです。前の跡が残ってます」
リーダーは、「大丈夫なようだな。じゃ、俺らが野営用の薪を集めてくっから、
 お前心配させた罰として、ここで湯船に湯を入れてろ」
まあこれは、三崎のことを心配して動かさないように配慮したんだろうね。
石を組むだけなら座ったままでできるから。それから、今なら怒られるだろうが、
川原で焚き火をし、夕飯を食い、酒を飲んで歌なんかも歌った。
釣りをするには上流すぎるし、登山コースでもないからあたりに人はいないんだよ。
で、騒ぐだけ騒いで温泉にも入った。湯船には源泉と沢の水が両方引かれた掛け流しで、
やや熱めの湯加減だったが、真夏なのでそれも気持ちよかった。
ただ三崎は酒飲んでる間元気がなく、リーダーにずっと、お前大丈夫かって聞かれてた。

自分でつくった温泉にも入らなかったんだよ。
10時過ぎくらいには火をオキだけにして、山中に張ったテントに戻った。
3人用が2つだったな。俺はかなり飲んでたからすぐに寝てしまった。
目が覚めたのが5時すぎたあたりで、これはフィールドワーク中ずっとそうだったから、
習慣になってたんだろう。仲間はまだ寝ていて、外はしらじら明るかった。
口の中に酒の味が残ってたんで、渓流でうがいしようと思った。
あと、まだ時間があるなら、昨日の湯船で一汗流そうかとも。
テントを出て川原に下って行くと、灰褐色の鳥がたくさん下に降りてきて、
湯船のあたりを囲んでた。気味が悪かった。これがカワガラスだろうけど、
前の日は一羽も見なかったし、そもそも縄張りがあって、集団行動する鳥じゃないはずだ。
俺が近づいていっても鳥は動かない。けど、集まってる湯船の中に何かがあるようだった。

石を拾って、軽く鳥の中に投げたんだよ。そしたらカワガラスは一斉に飛び立ち、
人が服を着たままの状態で、頭を鳥居の中に突っ込み、
体は湯にうつ伏せに浮かんでいるのが見えた。
それと、掛け流しの湯が止まってるのか、湯船の水が真っ赤に濁ってた。
一瞬体が動かなかったが、「おい!」大声を出して駆け寄り、
両脇の下に手を入れてひっくり返した。体は湯の中で重くはなかった。
三崎だったんだよ。顔色は真っ白で、額から髪の毛の中まで大きな傷があり、
頭蓋骨が見えてた。脈をとるとか冷静な行動はできなかったが、
一目で生きていないのはわかった。とりあえず湯船から出し、
川原に仰向けにして仲間を呼びに行こうとした。俺がその場を離れると鳥がまた集まってきた。
三崎の死体じゃなく湯船の周りに。そして小さな鳥居に向かって一斉に頭を垂れたんだよ。






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コメント
 遺体の傷を見るに、滑落したときにはすでに・・・? カワガラスからしてみれば、氏神(?)への供物がタナボタ的に手に入った感じだったのかな、と。
 「怪異に巻き込まれて生還したかと思われた人物が、やっぱり呪われたり死んだりする」という展開は、ホラーには欠かせませんね。「上げて落とす」というかw
| 2015.09.22 21:06 | 編集
コメントありがとうございます
そうですね、たぶん死んだまま動いていたのでしょう
カワガラスはカラスよりはずっと上品な鳥で
話に出てもらうのは申しわけないんですが
bigbossman | 2015.09.22 23:10 | 編集
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