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室屋の話

2015.09.20 (Sun)
じゃ、始めさせてもらいます。ご覧のように私は僧侶でして。寺は真言宗です。
大きなところじゃないんです。歴史だけは古いんですが、ただの村のお寺で。
今は市町村合併で、市の一部にはなってますが、檀家は数十世帯ですよ。
それでね、私の寺の裏山の入り口に、室屋と呼ばれるものがあるんです。
上は粗末な木造の小屋で、江戸時代に建てられたのを修理に修理を重ねてあります。
中は土間で、中央に相撲の土俵ほどの大きな穴があるんですよ。
これは何かというと、その昔に即身成仏された上人様が埋められた場所なんです。
掘り出された遺物は、大学の先生の話では室町末期ということでした。
ええ、古い古いものなんです。でね、この穴には不可思議ないわくがありまして、
今夜させていただくのはそのお話です。
即身仏はご存知ですよね。行者が生きながら仏になり、死後に上人と呼ばれる。

これはね、即身仏になるのは位階の高い僧侶ではないんです。
名もなき修行者が即身成仏を志し、五穀断ち、十穀断ちの苦行をして骨と皮ばかりの体になり、
漆を煎じた茶を飲んで嘔吐を繰り返す。体内の水分をさらに絞り出すためです。
そして、ついには生きながら土中に入る。このあたりの方法は様々ですが、
私らの地方では、土が崩れないようにしっかりと壁を固め、天井板を渡し、
上から土をかぶせたら、一ヶ所、節を抜いた竹筒を通す。
即身仏の修行者は、土中で鉦を叩くか鈴を鳴らし、その音が聞こえなくなったら、
御入定というわけです。それから3年3月後に掘り出して、
見事体がミイラ化していれば完成。御上人様と呼ばれて未来永劫尊崇を受けます。
ところがね、当時のその穴・・・室屋と呼んでおりますが、
これがね、ひじょうにおかしなことが起きたんです。

ええ、3年後に掘ってみたところが、中はもぬけのからだったのです。
え? その修行者が途中で逃げ出したんだろうって。
まあ、そう思いたいところですが、記録が確かならばそうではないようですよ。
何人もの者が、竹筒を通して鉦が鳴る音を聞いていたようですし、
とてもじゃありませんが、やせ衰えた修行者が、
土中から外に逃れることができるような土の量ではありません。それにその3年の間、
寺の僧が、朝夕欠かさず室屋の前で読経をしておったとありますから、
土が崩れたりしていればわかるはずです。
ということで当寺には上人様のミイラはないのです。いえ、話はこれで終わりではありません。
そうじゃなくて、不思議はつい最近まで続いておりましたし、
これからもあるかもしれないのです。

この話は、私が20歳過ぎのころに、先代の住職から聞いたことなんです。
先代の住職というのは私の父親ですよ。これが血のつながった親ではないんですが、
それも話の内容に関係があるんです。
おかしな出来事の、記録に残っている初めは江戸後期ということでした。
それ以前のことはちょっとわかりません。どうなんでしょうねえ。
もちろんその当時は、私の祖父よりずっと昔です。ただいま話しました室屋の跡、
つまりは掘った穴ですね。考えてみれば、それがずっと長い間埋められもせず、上に、
粗末ながら雨風をしのげる小屋が建てられていたのは、やはり何かがあったのかもしれません。
ある朝、寺の小僧が外回りの清掃をしておりますと、
小屋の戸を中からどんどんと叩くものがある。
しかし中に人がいるはずもない。小僧は当時の住職を呼んできて、
小屋に掛けた南京錠を開けてみた。

そしたらですね。出てきたのは、年の頃40ばかりになる町人風の男だったのです。
言葉もそのあたりの地方とはまったく違っていまして、本人から話を聞くと、
なんと、自分は近江の生糸商人だと名のったそうです。
そんなものがどうして、辺鄙なみちのくの小寺にいるのか、重ねて問うても、
本人の話はさっぱり要領を得ない。昨晩は琵琶湖畔まで旅に出て商人宿に泊まった。
酒を少しやっていい機嫌で寝たことまで覚えているが、
朝目が覚めると、土中のしかも蓮華座の上にいて体があちこち痛い。
とにかく起きて穴を上り、木戸から出ようとしたが鍵がかかっているようだった。
それで戸を叩きながら声をかぎりに叫んでいた。そういう話だったのです。
むろん寺のほうではにわかにそんな話は信じがたい。しかし商人の、
今いるところが陸奥と聞いて仰天していた姿に嘘があるとも思えない。

商人の衣服や持ち物も本人の言を裏付けるばかりで、双方とも考え込んでしまったそうです。
ともかく帰ると言って、商人は寺から路銀を借り、翌朝には近江へ出立しました。
律義者だったようで、きちんと金子を送り返してきたということが記録に残っています。
ねえ、不可解な話でしょう。 次は、明治の10年代だったそうです。
その頃には前の話も忘れられ、小屋には鍵もかけてなかったそうですが、
やはり朝になると、その小屋のそばに異様な風体の者がいるのを小僧が見つけまして。
それがね、紅毛碧眼、色が抜けるように白い洋装のご婦人で、
木の陰にうずくまって泣いておった。住職が声をかけると、
ただ異国の言葉が返ってくるばかりでどうにもならない。
それで当時の県庁に連絡をいたしまして役人が参りましたが、やはり言葉がわからない。
数日してやっと、ロシア人であるということが判明いたしましてね。

まだ日露戦争前のことでしたから、ともかく失礼がないようにと丁重に扱って、
政府の船に乗せてウラジオストクまで送ったそうです。
どういうことかわかりますでしょうか。室町時代?の御上人様の遺骸の紛失。
江戸時代の近江商人、そして明治のロシアのご婦人。その穴は、
うまくは言えませんが、いろんな場所とつながっているということになるのでしょうか。
ええ、何度も入って調べましたよ。いやただの土の穴です。
横穴のようなのもありませんし、土もそこらの畑のものといっしょで。
でね、3度目があったんですよ。これは先代住職が話の最後で、
「お前も二十歳を過ぎて、いよいよ本山に修行に行く前だから教えるが、
 じつはお前はわしの実子ではないのだ」こう言われたときは驚きましたよ。
昭和25年の夏、私は素っ裸でその室屋の穴に転がって泣いているところを発見されたそうです。

手をつくして調べたそうですが、身元の手がかりとなるものはなにもなし。
それで先代住職は、その穴に伝わる話を思い出しまして。
ええ、両親には子がなかったんです。それだと寺は世襲できません。
そこでこれは天からの授かりものと考えて、養子の手続きをとったのだそうです。
私には誰も、檀家の衆もそのことを教えてはくれなかったんですね。
ですから、この話を聞いたときには本当に驚愕したものです。
え? ああ、私が見つかったときも小屋には鍵がかかってなかったそうです。
ああ、私の事例は何も不可思議事ではなく、単なる捨て子の可能性もあるだろうって?
ええ、もちろんそれは考えましたよ。たしかにね、
戦後すぐの苦しい時期でしたから、寺なら子は育ててくれるだろう、
そう考えて近郷の母親が室屋の底に私を捨てた可能性はありますよ。

江戸や明治の室屋での話はそこらには広まっていましたからね。
まあ、そのあたりのことははっきりとはわからないですよ。
ただね、私は先代住職に育てられ、僧侶として過ごしてきた人生には満足しています。
あとですね、この間ニュースでやってましたでしょう。
南米、ペルーの山中の未盗掘の遺跡から発見されたミイラのことです。
かなり状態がよく、遺骸のみならず衣服や持ち物まで残っていた。
それがね、どうも昔の日本のもののようだということでしたでしょう。
ミイラ化の方法も現地とはかなり違ってます。
あのテレビに出てきた鉦鼓は、間違いなく日本の仏教のものですよ。
しかもかなり古い。あれねえ、もしや室屋から消えた即身仏の御上人様なんじゃないでしょうか。
これから時代なども調べるんでしょうが、何かわかるのを楽しみにしてるんですよ。







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コメント
 「時空系ミイラ」とか書くと、もうZ級の匂いしかしませんねw でも、このお話自体はとても好きです。人間の悪意や呪いが介在しない、純粋な不思議現象というか。
| 2015.09.22 21:17 | 編集
コメントありがとうございます
これは僧侶が話していることで
即身仏とかの内容も出てきますが
もちろん内容は『ムー』系としか言えないものです

bigbossman | 2015.09.22 23:12 | 編集
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