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見るなの話

2015.09.23 (Wed)
えーと警備保障会社に勤めてます。まだ7年目の若輩なんスけどね。
一昨年、配置換えがあって、ここの市に移ってきたんス。若いやつらがね、
内陸の市から、どんどん海沿いの地域に回されて来てるんスよ。
なんでかって言うと・・・まあねえ、若いうちは苦労しろってことだと思うっス。
でね、俺らの仕事って、「見る」ってのが重要じゃないスか。
「監視する」って意味なんスけど、こっちに来てから見るなって言われることが多いんス。
んー何と言ったらいいか。この世にはね、見ないほうがいいものがあるってことっス。

交通整理

夜間の道路工事のための交通整理のときのことっス。
むろん夜は工事はしないんスけど、障害物やら穴ぼこはあるわけで、
道路は片側通行になるっスよね。よく見かけるでしょう。
あれってね、大変そうに思えるかもしれないけど、
実は昼のほうが楽なんスよ。ええそう、やることがあるから。
赤く光るバトンと無線機を使って車の流れをコントロールする作業ってのは、
それなりに気を張るし、やりがいもあるっス。
ところがね夜間ってのは、場所によるんスけど、郊外の現場とかだと、
1時間に数台しか車が通らないような場所があって、そういうときはもう眠気との戦いっス。
いくら暇だからって、座って休むなんてわけにもいかないし、
まして冬とかだと、寒いし体に雪が積もるしでね・・・

去年の冬のことっス。その日も強い吹雪で、昼の工事は中止になったんス。
けど、道路が塞がれている以上、俺らに休みはなしで。
8時に交代して、朝までだったんス。
それでも11時頃までは、そこそこ車通りはあったスが、そっから暇になって。
防寒着着て、分厚い手袋してても骨の髄まで冷たさが染みてくる頃っス。
たしか2時を回ったあたりっスね。コンビを組んでる先輩から無線が入って、
「今よ、人が入ったんだけど、そっち出たときに見るなよ。礼とかもいらないから」
「え、どういうことっスか?」 「あのな、人って言ったけど、人に似たもんだよ。
 もしかしたら途中で消えて、そっちまで行かないかもしれんけど、
 もしな何かが通っても、それ見るなってことだ」 「どういう意味っスか」
「・・・これからもあることだが、世の中には見ないほうがいいもんがあるんだよ」

「・・・了解しました」ねえ、こんなことを言われたら、構えちゃうじゃないっスか。
現場自体はそう暗くはないんスよ。工事現場には種々の警告灯があって、
多くは赤い光を放ってるんス。ただねえ、その夜は吹雪がひどくて、
フードの雪をつねに払ってなくちゃならなかったんス。
先輩のいるとこから歩いてくるとすれば、2分もかからずこっちから見えるはずなんで、
「見るな」とは言われたんスけど、緊張してたんスよ。
したら、横から吹きつける雪の中を、よろよろした歩き方の影が出てきたんス。
車さえも通らない郊外の道で、夜中の2時っスよ。
まわりにはコンビニも何もないし、歩行者なんて通るはずがないんス。
思わず無線機で「今、なんか来ました」こう連絡入れちゃったんス。
「バカ、いちいち報告すんな。いいから目そらしてろ。見んなよ」
その黒い影は今にも倒れそうな歩き方で、赤ランプの横を通っても服装もわからなかったんス。

俺はだから、見るなって言われたんで、少し横向きかげんにして、
フードでそっち見えない角度に立ったんス。風のために音はぜんぜん聞こえないっス。
さっき見えたのが30mくらい手前だから、今もう俺の脇を通るってときに、
どうしてかなあ、やっぱ好奇心があったってことっスかね。
チラとそっち見ちゃったんスよ。・・・体はね、びっしり泥で覆われて、
不思議なことに上に雪がくっついてなかったんス。
顔だけが真っ白で・・・それが目に入ったとたんに、俺、ぶわっと涙が出てきちゃって。
とにかく悲しみの塊みたいなものだったんス。
顔は一つじゃなくて、うまく言えないんスけど、たくさんの若い人も年寄りも、
男も女も重なってて。無数の顔がめまぐるしく入れ替わってる・・・
それが行き過ぎてから無線が入って「見ただろ」 「はい」 「泣くなよ。次は見るな」って。

鹿が渡る

俺らの会社はそこの市の教育委員会と契約して、全市の小中学校の見回りを担当してるんス。
まず学校の施錠に俺らのシステムを使ってもらって、
最後に出る人がロックした後に、侵入者があれば、
会社の管理センターに自動通報されることになってるんス。
そういうときは緊急出動なんスが、土日や長期休業中なんかはけっこうあります。
ほら、部活動があって生徒が早く来たのに、監督の先生が来てない場合、
生徒が開いてる窓から中に入ったりするんスよ。そうすっとセンサーが作動して・・・
ま、ほとんどの場合がその手のことで、不審者の侵入ってのはまずないんス。
見回りは、1校につき月に2回くらいっスね。
ローテーションを決めてて、月2で夜中に校内に入って、
すべての施錠を確認するんですよ。ええ、窓の一つ一つを見るんス。

で、書類にチエック入れて、その学校の教頭と教育委員会に報告を出す。
まあ楽な仕事なんスけどね。ただ・・・何校か嫌なとこがあるんスすよ。
全部、海の見える学校っス。先輩と2人組で行動するんス。夜中2時過ぎ、
車を学校の前に停めて、合鍵は学校側から渡されてあるんで、システムを解除して中に入って、
一室一室すべての施錠をチェックするんス。内陸の市にいたときも同じことやってたんスが、
怖いことなんて一つもなかったんス。よくほらテレビドラマなんかで、
警備員が懐中電灯つけて暗い中を回ってるシーンとかあるけど、
あれは特殊な場合で、普通は廊下も部屋も照明をつけてから見回るんス。
男2人でやってれば怖いなんてことはないんスよ。
でねえ、初めてこっちで見回りをしたときに、先輩からこう言われたんス。
「1、2階は問題ないが3階の窓からは海が見えるから、そっち見ないで施錠だけチェックしろ」

俺が不審そうな顔をしてたんしょうね。
「あんな、とにかく見ると精神をやられるおそれがあるから。うちの社でも何人かいるんだよ。
 だから自分のために見るなってこと。いいか?」 「ハイ」って。
で、1階、2階と見て回って、俺が確認して「異常ありません」って声を出し、
先輩が書類にチェックを入れるんス。この繰り返しで3回まで上がって、
教室と廊下の窓から堤防の向こうの海が見えまして。震災があってから船はほとんど出てないっス。
「も一度言うけど、海見るなよ」 「ハイ、わかりました」
でもね、そう言われてもどうしたって目が行くじゃないスか。
「異常ありません」 「OKです」そうやって3つ教室を回り、廊下に出ました。
したらね、海の表にぽつんぽつんと小さい白い光が浮いて、
波なんでしょうか、光る尾を引きながらゆっくり動くのが見えたんスよ。

俺が身を固くしたのが先輩にも伝わったんでしょう。
先輩はチェック用紙に目を落としたまま、「あれ鹿だから。鹿が海を渡ってるんだ。
 とにかくそう思って見ないようにしろ」 「ハイ、了解です」
とは言え、どうしたって目に入っちゃうスよね。白く光るものはだんだん数を増やして、
10、20・・・100近くにもなったんス。
それがゆっくりと一ヶ所に集まってきて、でも集まってるのに光は強くならないんス。
たしかに鹿がときどき海を泳いで渡るって話は聞くっスけど、
そんな群れになって夜中に泳ぐ鹿なんているわけないじゃないスか。
こんとき、この仕事に入って初めて怖く思ったんス。
そっからは施錠だけに目をやって、最後まで回り終えました。
白い光は数百、千もあるかもしれないっスね。寂しく光りながら浜に上がってきたんスよ。




 

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