FC2ブログ

黒衣(くろご)

2015.09.27 (Sun)


今晩は、よろしくお願いします。では、お話をさせていただきますが、
内容は8年前に他界した母と、それから私に関することなんです。
母の死因は膵臓がんでした。私が高校3年生のときのことです。
あの、それで、黒衣(くろご)ってご存知でしょうか?
歌舞伎や浄瑠璃で、観客からは見えないという約束のもとに舞台上に出てきて、
役者さんの着替えを手伝ったり、物を渡したりする役の人のことです。
ええ、一連のことがあってから調べたんです。
これって最初は黒子(くろこ)って言うんだと思ってました。
ところが、そうじゃないんですね。それは当て字というか、正式名称じゃなくって。
これ、字で書けば黒子(ほくろ)って読んじゃう場合もありますよね。
黒衣はいつも黒の着物を着ているわけじゃなく、舞台で目立たないように、

背景によって衣装を替えると百科事典には出ていました。
海や水辺の場面には青装束の波衣(なみご)雪の場面には白装束の雪衣(ゆきご)
と言うんだそうです。それで、母のときは私には見えませんでしたが、
黒衣だったんじゃないかという気がするんです。
ああ、すみません。意味がわかりませんよね。順を追ってお話します。
私は高校のときは、通学に時間がかかったために部活動はやらなかったんです。
だから早く帰ったときには、母が夕食を作るのを手伝っていました。
その日、私が魚を焼いていて、母はまな板に向かって大根を切ってたんですが、
急に、包丁の背でシンクの上を叩きだしたんです。自分で位置を移動して何回も。
「お母さん、どうしたの?」 「ネズミが来たよ。この家でネズミなんてはじめて見た。
 顔が茶色で体の黒いネズミ」

「えー、ネズミなんてどこにもいないよ」
「今、あたしが叩いたからね。下に落ちて洗濯機のほうに走っていった」
「・・・・」でも、そう言われても私にはまったく見えなかったんです。
そのときは、それで済んだんです。私の目に入らなかっただけで、本当にいたのかもって。
でも、それから3、4日した夜のことです。
私が居間の机で勉強していると、先に寝室に入っていた母が、
寝間着のまま起きてきて台所に行き、包丁を持ってきたんです。
「あら、お母さん、包丁なんてこんな時間にそうするの?」
「これね、寝てると体の中にネズミが入り込んでくるから、
 布団にのったときに首を切ってやろうと思って」 「えー何言ってるの?
寝室にはネズミの食べるものなんてないじゃない。何かの見間違いよ」

そう言って包丁を取り上げ、いっしょに寝室へ行って調べてみました。
でも、布団はきれいなままで、足跡も、フンなんかも落ちてなかったんです。
これは心配でした。ネズミがということじゃなく、
もしかしたら母がボケたかもしれないと思ったんです。ええ、認知症ということです。
そのとき母はまだ40代前半でしたが、父に早死なれて、
私と妹をかかえてずっと苦労のし通しでしたので、年齢より老けて見えました。
それで翌週、嫌がる母を無理に病院に連れていき、
人間ドックの手続きをとってもらったんです。
そこで認知症ではないとわかりましたが、膵臓がんが見つかって・・・
このがんは特に進行が早いんだそうです。それから1年立たずに母は亡くなりました。
私は元々大学は志望していませんでしたので、高卒で就職したんです。



その後のことです。私の入った会社はある業界誌を出版しているところで、
最初は一般事務をやっていたんですが、学生時代から描いていたマンガの腕を買われて、
誌面のレイアウトやカット描きを手伝うことになりました。
それがけっこう評判になって、会社のほうで、夜間、
デザインの専門学校に通わせてくれることになったんです。
7時から10時過ぎまででしたので、部屋に戻って寝るころには1時を回っていました。
あの、母と住んでいた家は売ってしまって私も妹もアパートを借りて住んでました。
でも、その年から妹が高校を卒業してやはり就職たので、
経済的にはかなり楽になっていました。
ある夜の1時半ころのことでした。まだ起きていて、
ものすごく眠かったんですけど、トレス台で学校の課題を描いていたんです。

そしたら背後のほうでカサカサという音がしました。
何だろう、と思って振り向くと。本棚の下からネズミが顔を出していたんです。
「きゃっ」と小さく悲鳴をあげてしまいました。
なんとかして追い出さなくちゃと考えましたが、どうすればいいかわかりませんでした。
いなくなっていて、と願いながら、台所からとりあえずホウキを持ってきたんですが、
相変わらずネズミの顔は本棚の陰から出ていて・・・
でも、それが変だったんです。ネズミの顔は乾いた感じで表情がなく、
目も真っ白でした。そして少しずつ、本棚の陰から出てきて・・・
「えー、嘘」と叫んでしまったんです。なんでかと言うと、
ネズミなのは頭だけで、体は人間の体でしたから。15cmくらいだったと思います。
それで、白い着物を着ていたんですよ、忍者みたいな。

そのネズミの頭をしたものは、素早い動きで机の脚を駆け上がり、
トレス台の上に敷いてあったケント紙の上まで、あっという間にきました。
私はベッドの前まで跳びはなれて、どうなるのか見ていたんです。
そしたら、それは人間と同じ動きでネズミの頭を脱ぎ捨てケント紙の上に置きました。
下には着物と同色の頭巾を被っていたんです。ありえないですよね。
思わずベッドの上に座り込んでしまいました。
その白装束は片膝立ちの姿勢になりって、そのとき頭のなかに声が聞こえてきたんです。
「あんたの母親のときは知らせようとしたがダメだった。
 あんたも体の中、胃のほうに病気があるから、すぐに病院に行きなさい」
このとおりの言葉ではなく、そういう意味だけが頭の中に入ってきたんです。
その後ものすごく眠くなり、私はそのままベッドに倒れて寝てしまいました。

・・・これだけなら夢だと思われるでしょうね。
翌朝、目覚ましで起きたら部屋の電気がついたままでした。
前の夜のことを思い出そうとして、白装束の小人?のことに思い当たり、
トレス台を見たら、ネズミの頭の皮がのっていたんです。
ええ、隣から苦情が来るくらい大きな悲鳴をあげてしまいました。
それはすっかり乾いた、頭だけのネズミの干物のようなものだったんです。
・・・その日は会社のほうには体調がわるいと連絡し、
母が亡くなったのと同じ病院で胃の精密検査を受けました。
そしてがんが見つかったんです。幸い早期でしたので腹腔鏡手術で取り除くことができました。
医師からは、まだ油断できないと言われていますが。・・・こんな話なんです。
それ以来あの黒衣、私の場合は雪衣でしたが、姿を見かけたことはありません。






関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/908-8a1e899e
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する