『竹取物語』小考

2015.10.02 (Fri)
*今夜も怖い話ではありません。
一昨日、スーパームーンに合わせて「月とオカルト」という項を書いたのですが、
これを読んだ事務所(自分の所属する占いの共同事務所)の仲間から、
「潮汐力とか月の裏側とか、そういう話もいいんだけど、日本で月をめぐる幻想物語
 といえば『竹取物語』だろう。これについての話がなかったのは残念」
こんなふうに言われまして、自分としては虚を突かれた感じでした。

『竹取物語』をオカルトとは思っていなかったですし、
当ブログの隠れテーマである「怖い」とも関連はなさそうでしたし。
ただまあ、友人の言うとおり「月」の話としては、
日本人でこれを思い浮かべる人は多いでしょう。
また自分は史学科を出ていますので、宇宙物理的な内容より、
この手の内容が専門だろうと言われればそうなので。

で、このリクエストを受けて何か書いてみることにしました。
ただ、この内容は急に考えたものですので、話半分程度で聞いてください。
『竹取物語』・・・日本最古の物語と伝えられ、「物語の祖(おや)」と、
『枕草子』にも出てきます。成立年については諸説あるのですが、
遅くとも平安時代初期の10世紀半ばまでにできたのは間違いないと思われます。

これを語る切り口としてはいくらもあるでしょう。
高貴な身分の者が下賤の地に流された(貴種流移譚)
竹の中から生まれたという(異常出生譚)竹取の翁が富み栄えた(致富長者譚)
求婚者へ難題を課していずれも失敗する(求婚難題譚)そして羽衣伝説・・・
説話を構成する要素が、まぜこぜになって取り入れられています。
それと随所に出てくる言葉遊びも大きな特徴ですね。
どれを語ってもブログ1回分の内容にはなりそうですが・・・

ここでは「月」を中心にしなくてはなりませんし、ジブリの映画もありましたので、
かぐや姫が元から住んでいた月の都と、
そこから追放された罪について考えてみます。
お話の最後の部分、月からの使者がかぐや姫を迎えに来たところで、
かぐや姫に薬を飲ませ、羽衣を着せかけようとします。
それを着てしまえば、心のありようが地上の者と異なり、
竹取の翁たちのことも忘れてしまうのです。

ここでかぐや姫は、「月の世界のものは不老不死で、悩みを持つこともありません」
と述べています。 一般的に、月の都と言えば「月宮殿」・・・
須弥山の中腹をめぐる月にあるという月天子の宮殿のことを言います。
月天子は仏教における天部の一人で、もともとはインド神話の神でした。

ここから考えれば、須弥山はインド神話ですし、月天子は仏教の守護で、
元をたどればバラモン教です。これらの世界における理想郷を
集約したようなものが、月の世界ということになります。
『竹取物語』の成立した平安初期は、仏教が隆盛している時期であり、
また、宮廷人は中国古典に対する素養も深かったのです。
貴公子の求婚譚には、仙界である蓬莱山に金銀宝石の枝を取りに行く話もあります。

ですから、ここでいう月の都とは、日本古来の神道とはかなりかけ離れた、
異国風のパラダイスなのですね。
迎えに来る天人の衣装も、ひれを持つ中国風に書かれることが多いですよね。
今でこそ『竹取物語』といえば、きわめて日本的な話と考える人も多いでしょうが、
さまざまな文化が流れ着く果てであったから生じた物語とも言えそうです。

さて、話の中で、かぐや姫は「月の世界で罪を犯したため」地上に流された、
と書かれています。かぐや姫は急成長しましたので、
地上で暮らした時間はさして長くはないのですが、これによって罪が消え、
月世界へと戻ることができるようになります。
では、この罪とはいったい何だったのでしょう。

ここは難しいところです。書かれてないのですから、
「わからない」が正解なのですが、無理に少し考えてみます。
律令制においては、刑罰の種類は5つありました。
笞刑(むち打ち) 杖刑(つえ打ち) 徒刑(強制労働)流刑(島流し)
死刑(しけい)で、流刑は死刑に次いで重いものです。

Wikiで流刑を引いてみますと、
『記録に残る最初の流刑は允恭天皇時代に兄妹で情を通じた
とされて伊予に流された木梨軽皇子あるいは軽大娘皇女である』と出てきます。
兄妹婚、つまり近親相姦の罪だったのですね。
また、これと関連して、伊勢の斎宮の密通事件というのも思い浮かびます。

伊勢神宮では古くから、未婚の内親王または女王から候補者が選ばれ、
亀卜により新たな斎王を定めました。
候補者は精進潔斎して斎宮に入り神の妻となるわけですが、
たびたび密通事件が起きてしまいます。
古くは、欽明・敏達紀にみる斎王2人の密通事件。
有名なところでは、同じ平安初期に成立した『伊勢物語』に記されている、
在原業平の斎宮密通事件(第69段)で、
この段のために書名が『伊勢物語』となっていると考えられます。

文徳天皇の皇女、恬子内親王は異母弟の清和天皇の即位にともなって、
伊勢神宮の斎宮に選ばれましたが、在原業平がモデルとされる男が、
勅使として恬子内親王を訪ね、人が寝静まったころに密会したと記されています。
しかも、この出会いにより恬子内親王は懐妊し、
生まれた子供は斎宮の管理者のもとに引き取られ、
養育されたということになっています。

この話が史実かどうかわかりませんが、
恋愛沙汰がそう大きな問題とはならなかった当時でも、
事実であれば大スキャンダルだったと考えられます。
このような時代背景と、女性の流刑ということを合わせ考えれば、
かぐや姫の犯した罪というのは、
何か恋愛に関係したものだったのではないでしょうか。

さてさて、『竹取物語』で大きな部分を占めるのは、5人の貴公子の求婚譚で、
仏の御石の鉢(お釈迦様の使った金の鉢)、火鼠の皮衣、龍の首の珠などを探しに
貴公子たちは駈けずり回されます。このあたりは異世界への興味や、
当時の貴族の生活に対する皮肉な目もあるのかもしれませんが、
かぐや姫はこれらの貴公子の求婚をすべて跳ね返し、
さらには時の帝の求婚も断ります。

物語の冒頭で、小さなかぐや姫が、翁の切った竹から出てくるシーンは有名ですが、
なぜ、かぐや姫は小さい赤子の姿で生まれなくてはならなかったのでしょう。
話によれば、3ヶ月ほどで一人前の女性になったわけですから、
最初から大人の姿で落ちてきてもいいようなものです。
そして、かぐや姫は金持ちや高貴な身分の男たちの求婚を断り続けるのですが、
これも物語的には重要じゃないかと思いますね。

かぐや姫がもし、貴公子の誰かや帝の求婚を受け入れてしまったら、
罪は許されず、月の世界に帰ることはできなかったのではないかという気がします。
処女性を保ち続けることで、罪を清めることができたということです。
どう思われますでしょうか?

『竹取物語絵巻より』





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コメント
 私は、かぐや姫の犯した罪を漠然と「殺人」だろうと思っていました。特に強い根拠はないのですが、転生に近い形で祓わねばならないほどの穢れ、というあたりがキーでしょうか。
 ただ、これだと確かに「五つの難題」のくだりは必然性が薄くなりますね・・・あ、だったらその殺人が愛憎がらみだったということでw
| 2015.10.06 21:28 | 編集
コメントありがとうございます
5人の貴公子はそれぞれモデルがいるようで
この部分の挿話はその人たちを笑い物にするために
入れられているのかもしれません
実際のところはよくわからないです
bigbossman | 2015.10.06 23:29 | 編集
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