直販所

2015.10.03 (Sat)
地方公務員です。昨年度まで県庁にいたんですが、
今年の4月に農業試験場に転勤になったんです。これが自宅から遠くて。
隣の市の郊外にあるんです。片道40km以上になりますね。
ですから、少しでも早く着くように地図を見て経路を考えまして。
ええ、わたしは低血圧気味で、早く起きるのが苦手なんですよ。
なるべく朝の時間はグダグダというか、コーヒーを飲んだりして、
血圧が上がってきてから動き出したいんです。それとガソリン代のこともあります。
ただこれは、去年ハイブリット車を買っていましてね。
転勤を見越してたってわけではないんですけど。でもね、ご存知でしょうか?
お金の面で言えば、ハイブリッドのほうが割高になる可能性が高いんです。
ハイブリッド専用車種ではなく、ガソリン車とハイブリット車が併売されている場合、

ハイブリッドのほうが30万から80万近く価格が高いんです。
その価格差をガソリン代で元をとるつもりなら、年に1万km走ったとしたら、
10年以上かかってしまうんです。まあハイブリッド車のほうが下取り価格は高いですが、
長年乗るほど、それも期待できなくなりますからね。
ただ、わたしのような研究職で、しかも公務員だと、
環境に配慮してますよ、ってイメージも大事でしょう。
そんなことを考えて購入したんです・・・ あっ、スミマセン、車の話ばっかりして。
でもね、関係がないわけではないと思うんです。そのあたりを判断してほしいんですよ。
そういうわけで、転勤の内示があってから、
ネットの地図を見て試験場に行くルートを研究しました。
高速は金ががかるから使えないし国道は混雑するし、山越えのルートを見てたら、

よさそうな農道を見つけたんです。やや距離は長くなりますが、信号はほとんどない。
道幅がせまいので冬場はたいへんそうですが、おそらく交通量は少ないだろうと。
はい、それで実際に通い始めたら、けっしてとばしてるわけではないのに、
30分台で着いたんですよ。農道の中では、対向車も数えるくらいでした。
これはいいと最初のうちは思ってたんですが、なんとなくねえ、
気味の悪い道だったんです。というのは、過疎が進んだ集落の中を通るので、
人の住んでるとは思えない、荒れ果てた民家がぽつぽつとあるんです。
それと低地の部分には、休耕田というか、もと田んぼだったと思える、
草ぼうぼうの湿地が道の両脇に広がっていましてねえ。
とはいえ、せいぜいが通勤時間30数分のうちの半分程度です。
音楽なんかを聞いてれば、あっという間に抜けちゃいますからねえ。

でね、2週間ほど通ったら、燃費がすごく悪いことに気がつきました。
さっきさんざん話したハイブリッド車なんですが、
たぶんリッター10kmいかなかったでしょう。
わたしはエコラン・・・省燃費で運転するというのをやってまして、
給油量と走行距離の関係には敏感なんです。たしかに山道に入りますけど、
そんなきつい傾斜じゃありませんから、この数値はありえないです。
かといって車の故障というのも考えにくいです。
試験場からは、家族に買い物を頼まれて国道を通って帰ることもあったんですが、
そのときには渋滞にもはまるのに、納得のできる燃費だったですから。
気になったので、オイル交換をディーラーでしてもらったときに、その話をしてみました。
簡単な検査をしてくれたんですが、車のメカニックには問題は見られない。

ただね、今の車ってコンピュータ制御の部分が大きいでしょ。
それを解析したところ、やはり燃費は悪くなってるのは確かだったんです。
で、「どうします?」って聞かれて、代車を借りられるってことだったので、
詳しい検査をお願いしたんですよ。代車は、同じ車の一代古い型のものだったんです。
それで通い始めたら、まあこんなものだろうと思える燃費になりまして、
ああ、やっぱどこか悪かったんだろうと。車は買ってからまだ2年目ですので、
保証期間のうちなんです。あっ、スミマセン、また車の話ばっかりして。
でね、そこの道ですけど、山に入ると3ヶ所、無人の山菜やキノコの販売所があるんです。
たたみ2畳分くらいの粗末な木造の小屋です。お金を箱に入れて、
袋に入った山菜を持って帰るんですね。何度か開いているのは見かけましたよ。
・・・5月に入って、車は戻ってきました。

コンピュータとセンサーを少しいじったということで、工場のテストでは問題なし。
「様子見てください」と言われ、さっそく代車から乗り換えたところ、あの例の豪雨ですよ。
試験場からの帰り道に遭遇してしまいました。あんなのは生まれて初めてでしたよ。
車の中にいても、ゴウッという雨の音が聞こえたんですから。
親指大くらいの大粒の雨が叩きつけてきて、ワイパーを最強にしてても、
前が見えにくかったんです。対向車はほとんどないんですが、
まだ6時を過ぎたばかりなのに、真っ暗になってね。
ライトとフォグランプをつけて、40kmも出さないで運転してましたが、
路肩に車を停めて、雨をやり過ごそうかと思ったくらいでした。
でね、3つあるうちの真ん中の販売所にさしかかったときです。
道路に人が出ているのをかろうじて発見して、急ブレーキを踏んだんです。

車は道路を流れる雨水に乗って半回転し、その販売所のほうに突っ込んでいきました。
幸い、車の横を木の壁にごく軽くかすった程度で、修理に出すほどの傷はなかったです。
でも、その衝撃で販売所の後ろの戸が倒れちゃったんです。
車のドアを開けたら、ザザザザザザと雨が轟音を立ててまして、
路上にはね、倒れてる人などはいませんでした。
黒いシルエットの人が、ヘッドライトの中に浮かんだのも間違いないと思いました。
公務員ですからね、事故は大変な失態です。傘をさして、道のまわりの草むらも見ました。
幸いにして、傘が重くなるようなひどい雨でしたが、風はあまりなかったんです。
誰も発見することはできず、まずはほっとしました。
販売所の戸を元に戻そうと近寄って行きましたら、
その戸はただの板に取っ手がついたもので、もともと立てかけてあっただけのようでした。

これなら設置者に連絡するまでもないかなと、濡れながら戸を持ち上げたところ、
空がピカッと光って、ドーンと雷の音がしました。かなり近くです。
「危ないぞ、これは」と思ったとき2発目が光り、それにやや遅れて、
販売所の外れた戸の中も白く光ったんです。ドーン、また近くに雷が落ち、
販売所の中は白くぼんやり光ったままでしたが、そこに何かがいたんです。
平べったく、地面に張りついたような姿勢の何かです。
一番近いのが、オオサンショウウオでしょうか。1m半ほどあるそれが、
長い尻尾をこちらに向けていまして、戸が外れてから流れ込んだのか、
前から雨漏りしていたのか中は水浸しで、そこに浮かぶ巨大な生き物・・・
「うわっ」と思い、後ずさりしたとき、中の生き物はニュルッとした動きで、
頭をわたしのほうに向けてきたんです。・・・人の顔でした。

白い光の中に、ひっつめ髪の婆さんの顔が見えたんですよ。
歳は80を過ぎてるように思えましたね。生き物の体がほぼ黒なのに、顔は真っ白で、
両方の目も白目だったんです。婆さんは顔をこちらに向けた状態のまま、
「む・・・か?」何か言いましたが、雨の音ではっきりは聞こえませんでした。
わたしは抱えていた戸を放り捨て、傘もそのままにして車に走り込みました。
バックで道路に出、そのまま雨の中を走って、とにかくその場を離れたんです。
外では雷がまだ光ってました。10分ほど走って、最後の販売所の横を通りました。
そこも前のとほぼ同じような形で、窓にはカーテンが引かれてましたが、
中は白く光っているように思えました。とにかくね、その農道を出て、
他の車の姿が見えてきたときには、心の底からほっとしましたよ。
ここからは後日談ですね。雨は上がっていて、前日のことが気になったので、

その農道を朝に通りました。2つ目の販売所にも寄りましたよ。
戸は外れていましたが壊れているようには見えず、中には何もいませんでした。
まだ雨水で濡れていて、そこに焼け焦げたように見えるキノコや栗が散らばっていました。
前の年の秋のものかもしれません。百円玉などの小銭も十何枚か。
ええ、戸を元に戻して車に戻りました。でね、このときの燃費がものすごく悪かったんです。
リッター数kmくらい・・・もしかしたら、
わたしが何か勘違いしてるのかもしれませんけども。このことがあってから、
その道は1度も通っていません。国道を利用して、燃費はハイブリッド車としては普通です。
あと、あのオオサンショウウオのような生き物・・・婆さんの顔が言った言葉が気になって、
思い出そうと努力してみたんです。雨の音でほとんどかき消されていましたが、
短い言葉で「息子か?」だったかもしれません。いや、自信はないんですが。

はかおあかおあいあは





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