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幽霊画

2015.10.04 (Sun)
今晩は。では話をさせていただきます。わたしは幽霊画を収集しているんです。
いやいや、高価なものはありませんよ。円山応挙など、とんでもない。
収集のほとんどは明治に入ってからのものです。
え? 幽霊画などを集めて、何か生活に障りはないかって?
ははは、それよく聞かれるんですよ。祟られたりしないかって。
ないですね。・・・これまではなかった、と言い直したほうがいいでしょうか。
そもそも幽霊など信じちゃいなかったんです。
例えば、幽霊画のコレクションで有名なのは、怪談噺でも名を馳せた初代、三遊亭圓朝。
江戸末期から明治までの人ですが、あれだけの収集をしてても60歳過ぎまで生きてます。
今から見れば60代は若いですが、当時としては平均寿命を10歳以上超えてます。
それに、これは幽霊とは違うかもしれませんが、

西洋絵画、また音楽でも、「死と乙女」「死神と少女」と呼ばれるモチーフがあって、
エゴン・シーレはじめ、著名な画家が描いてますよね。
わたしとしては、死を意識するのは悪いことじゃないと思うんです。
そうそう、「メメント・モリ」ですよ。ラテン語で「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」
という意味です。古代ローマの将軍が勝利して凱旋する人生の絶頂の瞬間にも、
その背後に係官がいて、この言葉をささやきかけるっていう。
ですから、幽霊画を眺めて死を思うというのは、今を生きている自分の生を確認することだし、
それで明日への活力も生まれてくるんじゃないかと・・・
で、2ヶ月ばかり前、懇意にしている古美術商から、
幽霊画のいい出物がある、と連絡が来たんです。さっそく見に行きましたら、
これがじつに良かった。女流の版画家の作でしたが、幽霊が生き生きと描けてましてね。

ああ、幽霊が生き生きというのも変なのですが、柳の下にたたずむ若い女幽霊の、
頬から唇にかけての線なんか瑞々しくってね。逆説的ですが、生きた女の絵よりも、
むしろ生命力を感じさせるっていうか。その場で買うことを決めてしまいました。
値は◯十万ほどで、そのときは現金の持ち合わせがなかったんで、
翌月、代金と引き換えに手元に引き取ることにしたんです。
でね、自分の物になるのが待ちどうしくって、現金ができると急いで古美術商へと向かいました。
そしたらです、古美術商の表情が暗くてねえ。もしやわたしより高い値をつけた客がいて、
売りたくないのかと思ったんです。でも話を聞いてみると、それは邪推でした。
「まあ、ご覧くださればわかりますから」そう言われて、
その掛け軸を保管してある蔵へと案内されました。
古美術商とは長いつき合いでしたが、蔵に入ったのは初めてのことでした。

中は総しっくい造りで、それと合わせて、近代的な耐震防火設備も入っていたんです。
でね、その幽霊画を出してきたんですが、これが前に見たときとがらり印象が違ってまして。
いえ、贋作とすり替わってたとか、そういう意味ではないですよ。
同じ作者の同じ絵に違いはないんですが、すっかり気が抜けたというか、
初見したときに感じた絵の良さが、まったく見られなくなっていたんです。
古美術商は禿げた額をピシャっと叩いて、こんなことを言いました。
「いやあ、スマンことをしました。大事に保管してたつもりなんですが、
 どういうわけか絵の魂が抜けてしまって。・・・これじゃあ、お買いになりませんでしょう」
「ははあ、魂が抜けるなんてことがあるもんですか」わたしが答えると、
「絵の魂、これは幽霊に魂があるとかないかの話じゃなく、作者が作品に込めたもので、
 それがなくなるとこうなってしまうんです。ただの色を塗った紙に」

それから立ち上がって、蔵の壁面を指さしました。
「あれは空調機で、蔵の中の湿度その他を保ってる美術館級のものです。
 中には特殊なフィルターが入っててまして。空気や水分以外は通しません。
 それからほら」と、収納棚のあちこちにある、さまざまな大きさの透明な衝立を指さし、
「これらはメキシコ産の水晶製で、やはり収蔵品の魂を封じ込めるために特製したものです。
 だからねえ、この絵の魂も、この蔵から逃げだしたってことはないはずですよ。
 おそらく、他の作品のどこかに隠れ混じってるんでしょう。
 探して封じ直しますから、もう少し待ってくれませんか。値引きを考えます」
ま、元の通りの絵になるのなら待つのはかまいませんでしたが、疑問が沸いたんです。
「はああ、古美術の魂が抜け出すってのはいかにもありそうだけど、
 じゃあ、われわれが買ったものも、いつそうなるかわからないんじゃ」

そしたら「そこはちゃんと封じる方法があるのです。少なくとも買って数十年は保ちます。
 この道に長い商売人はみんな知ってるのですが、今回はちょっと油断しました」
「へえ、買って数十年。そうすると長く家にあるものは危ないってこと?」
「いや、それはその保管者の扱い方しだいですが、まずたいがいはその家になじみます」
「なるほどねえ、そんなこと初めて知りましたよ」
「部外秘なんですけど、今回はこうなってしまったので・・・」
こういう会話をしまして、古美術商が絵の魂を探し出し、
再封したら連絡をよこすって手はずになったんです。
それから2週間ほど待ってましたら、新聞にその古美術商の訃報が出てたんです。
急な病死となってまして、これは驚きましたよ。
葬儀は家族だけでやるとなっていたので、その2日後、ご自宅に焼香に伺ったんです。

すると、30年配の息子さんが出てきましてね。
「父からお噂はかねがね。生前は大変お世話になりました」こう言われまして、
こちらも恐縮してしまって。話によると、息子さんは勤め人で、
古美術・骨董の知識はほぼ皆無に近いそうで、もう商売は畳んでしまい、
蔵の中の収蔵品は亡くなった父親の同業者に買ってもらうことで話はついてるそうでした。
で、古美術商の亡くなったときの様子も伺ったんですが、
蔵に中にうつ伏せに倒れていたのを、遅くなって息子さんが発見し、
救急車を呼んだものの、すでに事切れていたのだそうです。死因は心不全。
「それで、父が倒れていたかたわらにあったのが幽霊画で、
 それを見てさすがにぞっとしましてねえ。父が魅入られてしまったんじゃないかって」
ああそれ、わたしが買う予定だった幽霊画ではないかと思いました。

でね、お願いして見せていただいたんです。
蔵に探しに行った息子さんが戻ってきまして、
広げたのは確かにその幽霊画だったんですが、それがねえ・・・
最初に見たときの生命感のあるものでもなければ、絵の魂が抜けたただの和紙でもなく、
口の端に浮かんだ笑みは、邪悪そのものというふうに見えたんです。
絶句しましたよ。もし前のとおりに戻ってれば、購入させていただくことも考えてましたが、
それは口には出しませんでした。・・・ああいうことってあるんですねえ。
これは推測ですが、やはり蔵の中にあった他の収蔵品の中でも、
特にたちが悪いものの気が入り込んでるんじゃないでしょうか。
だから、古美術商の急な死とも関連があるんだろうと思いました。
けど、それも口には出しませんでしたよ。

もうなんか、すっかり怖くなってしまいました。
それで、家に戻ってから、集めてる幽霊画のコレクションをすべて出してみたんです。
うーん、魂が抜けてるんじゃないかって感じのものは一幅だけありましたが、
よくはわかりませんでしたね。幸いにして、
わたしの収集してる幽霊画は寂げなものが多いですし、
家には、他に骨董というのはほとんどありません。
ですから、悪い気が入り込んでしまったものはないだろうとは思ったんですが・・・
だけど、こんなことがありますと、
収集そのものがいいのか悪いのかまで考えてしまいますよね。
ま、このような話です。うーん、その幽霊画がどうなるかはわかりません。
おそらく古美術商の仲間の手に渡って、わたしのようなコレクターの元に・・・

『病める少女』エドヴァルド・ムンク
なかいあおあかい

 


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