ノーベルとニトロ

2015.10.07 (Wed)
* 今回も怖い話ではありません。
まずは、大村、梶田の両先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます。
みなさまのブログでノーベル賞関連の話をいくつか拝見しまして、
自分も書いてみようと思いました。ただし当ブログの縛りにしたがって、
あくまでオカルト・ホラー的な切り口からです。

じつはノーベル賞に関しては、オカルト的な話はけっこうあるんです。
受賞者には、オカルトに関わった経歴のある人物が何人もいます。
しかしそれを羅列してもあまり面白くなりそうにないので、
ノーベル書の生みの親、ノーベル氏とニトログリセリンの話をすることにします。
ただし、この内容はすべてが史実として検証されているわけではなく、
伝記に書かれただけの伝説的なものも含みます。

さて、まずニトログリセリンとは何かということですが、
Wikiにはこのように出ていました。
『示性式 C3H5(ONO2)3 で表される有機化合物。
 爆薬の一種であり、狭心症治療薬としても用いられる』

自分は映画の感想を雑誌に書いたりしていますので、
ニトロといえば、まず思い浮かべるのが『恐怖の報酬』という映画です。

1953年フランス制作。中米を舞台に、
油田の火災をニトロの爆風で吹き消すため、それを安全装置のないトラックで運ぶ
仕事を請け負った4人の男達を追うストーリー。
主演はシャンソン歌手のイブ・モンタンで、なかなか渋い演技でしたね。
1977年にアメリカでリメイクされ、こちらの主演はロイ・シャイダー。
映画『ジョーズ』でビーチの警察署長をやった俳優、
と書けばおわかりの方も多いでしょう。自分はこの人のフアンなんです。
ご存知のようにニトログリセリンは不安定で、わずかな衝撃でも爆発してしまいます。
こちらも前作にはなかった新要素が加えられ、これはこれでスリリングな内容でした。

次はノーベル氏ですが、アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(1833~1896)
これは英語読みで、スカンジナビア語での発音はかなり難しいようです。
スウェーデンのストックホルムに産まれ、科学者というよりは、
発明技師、実業家としての側面が大きい人生を歩んだ人のようです。
彼の発明でもっとも有名なものはダイナマイトですね。
ニトログリセリンの安全な製造方法と使用法を研究していたのですが、
1864年、工場における爆発事故で弟エミール・ノーベルと5人の助手が死亡、
氏自身も怪我を負ってしまいました。

しかしこの事故によって、氏のニトログリセリンの安定化に対する熱意はかえって強まり、
ついに1866年、不安定なニトログリセリンに珪藻土を加え、
爆発の威力を落とさず、安全に扱いやすくしたダイナマイトを発明しました。
この発明は、50ヶ国で特許を得て100近い工場を持ち、
世界中で採掘や土木工事に使われるようになり、
一躍世界の富豪の仲間入りをしたのです。

氏の私生活は孤独なものだったようです。
生涯独身で子供はいませんでした。氏の最初のプロポーズは拒絶され、
長年つき合った恋人とは、女性に他の人物との間に子どもがいることが発覚し、
別れることになったと伝記には書かれています。
しかしながら、子孫がいなかったことにより、氏の莫大な財産の大部分は遺言で、
ノーベル賞のための基金として監理されることになったわけです。

さてさて、1888年、氏の兄であるリュドビック・ノーベルが死去しましたが、
このとき兄と氏とを取り違えて記載した新聞があり、
そこには「死の商人、死す」と見出しにでかでかと書かれていて、
それを見た氏は大きなショックを受けました。
これがノーベル賞創設の直接の動機につながっているようです。
このエピソードは、チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』
を思い起こさせるところがあります。未来の幽霊から、
自分の死に街の人々が踊って喜ぶ様子を見せられた金貸しのスクルージは、
それまでの強欲を反省し、残された生涯の時間を心優しく人に接するようになるという。

氏は健康にも恵まれませんでした。孤独な性格で、
一時期はうつ病にかかっていたこともあるようです。
また長年心臓病に苦しめられていましたが、晩年の病床において、
その頃には心臓病の特効薬としても知られていたニトログリセリン、
薬としてはたくさんの人の命を救ってきたものですが、
ノーベル氏は服用を医師に勧められたものの、これを断り、
最期は脳溢血で亡くなります。

『Betrayal』Tangerine Dream





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