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包む

2015.10.11 (Sun)
昔の話だよ、今からウン十年前の。
最近もよ、あの世界はいろいろキナ臭いことになってるが、
当時はかなり殺伐としたもんだった。いやあ、俺は足を洗ってもうしばらくたつ。
ちょっと小金を得たんで、貸しビデオ屋をやってるんだ。まっとうな商売だよ。
当時俺はまだ20代で、ある組から盃をもらったばかりだったんだ。
で、最初のうちは相撲とか野球賭博の使い走りをしてたんだよ。
払いが滞ってる客のところに菓子折り届けに行ったりとか、そんな仕事。
ああ、チクられたら元も子もないんで、そういうことをするんだ。
でな、3ヶ月くらいして、兄貴から奇妙な仕事を命じられた。
これがホントに変な話で、今で言う心霊スポット巡りみたいなことだったんだ。
もっとも俺一人で全部行ったんだから、怖いだけで、面白いことは何一つなかったが。

ああ? 意味がわからねえ? まあそうだろうな。順序よく話すよ。
兄貴を乗せ、ミニバンを運転して、あちこちを回ったんだ。
何をするかと言えば、俺だけ夜中に兄貴の指定した廃屋に入っていく。
場所は大阪より西が多かったが、関東もあった。
もちろん泊まりがけになるが、そのためにミニバンの後部はベッドに改造されてた。
で、真夜中の12時にかかるようにして、近くの目立たないところに車を停め、
廃屋に俺一人で入るんだ。そうだなあ、新しいところもあったが、
多くは放置されてから十年以上はたってる家だったよ。
むろん玄関の鍵がかかってる場合も多かったが、
そういうときは窓を割って入るんだよ。空き巣の練習をしてるようなもんだった。
で、懐中電灯とバッグを持って入ったら、そこの家の仏間を探す。

だだっ広い農家や田舎の旧家がほとんどだったから、部屋数も多くてな。
それで仏壇を見つけたら、中を見て位牌と遺影とかの写真を全部外に出すんだよ。
で、バックに持ってきた道具、バールやペンチとかで、位牌は粉々に砕く。
遺影は額から出して、古い写真なんかと一緒に手でできるだけ細かく引き裂く。
あと、何と言うかわからねえが、故人の俗名と戒名、
死んだ年月日なんかを書いた帳面みたいなのがあるだろ、あれも同じようにする。
これ以上は細かくできねえ、ってとこまでやったら、その後はハサミを使い、
紙吹雪みたくして、最後の仕上げに、仏壇を上向きに蹴倒すんだ。
・・・もちろん罰当たりだってことはわかってたが、当時は兄貴の命令は絶対だったし、
なんとなく、この仕事の指示は兄貴よりずっと上から来てる感じがしたね。
俺の待遇がよかったんだ。兄貴から小遣いをふんだんにもらったし、

出かけるときには、食事は鰻屋とか会員制クラブとか豪勢なとこに連れてってくれた。
いや、やってることの意味はわかんなかったよ。ただその頃、
俺の組が所属してるもっと上の組が、さらに大きな組織と抗争になりかけてたんだ。
それと何か関係があるんじゃないかとは思ってた。そうそう、呪いか何か。
でもまさかな、呪いなんてものが本当にあるとも思ってなかったし、
半信半疑ってとこだったな。そうだなあ、気がついたことといえば、
どこの家の仏壇も普通のやつとはちょっと違った形で、同じ紋章が入ってたから、
もしかしたら同じ宗派のものだったんじゃねえかなあ。 え? そんな夜中に、
廃屋とはいえ、他人の所有物に侵入してサツに捕まらなかったかって?
まあな、田舎の家が多いというのもあったが、当時は携帯もない頃だったから、
無線機で外にいる兄貴と連絡をとってた。裏口から逃げたことも1回あったよ。

そうだなあ、全部で10数ヶ所でそれをやったはずだ。
だいたい1ヶ月で4軒くらい。だから4ヶ月の間のことだったんだよ。
でな、一軒終わって戻ってくると、ミニバンを乗りつけてきた兄貴が、
「お前、体の具合悪くねえか? 頭痛くねえか、肩重くねえか」って聞いてきたんだ。
最初のうちは、俺のことを心配してるのかと思ったが、
そうじゃないってことはすぐわかった。俺が「快調っス」って答えると、
がっかりしたような顔になるんだよ。な、嫌な感じだろ。
それで最後に行った家が、田舎の丘の上にあるでかいお屋敷で、庭も広くて、
干上がってたが池まであった。そこに忍び込んで仕事を済ませ、
畳2枚ほどもある巨大な仏壇を蹴倒したときに、体がズンと重くなったんだよ。
膝が震えて歩けないくらいだったが、なんとかして外に戻った。

玄関前でへたり込んでると、兄貴が来て脇を抱えて車まで連れってった。
「お前、具合悪いか?」 「ハイ、よくないっス」
「そうか、よくやったな。心配するな、今夜中に治してやる」
そう言って、自分でハンドルを握ったんだ。
俺は後ろのベッドに寝て、ずっと吐き気をこらえてた。
兄貴は3時間ほど運転して、そこに着いたのは朝方だったが、病院じゃなかったんだよ。
小さな市の駅前の飲み屋街みたいなところだった。
ごちゃごちゃした場所でミニバンが入れなくって、
兄貴に肩を貸してもらって、しばらく歩いた。朝の4時過ぎくらいだったから、
人はほとんどいなかったな。で、地下への階段を降りて入っていったのが、
鍼灸の治療所みたいなとこだったんだよ。

兄貴から連絡がいってたのか、ガラス戸に明かりがついてて、
中から小太りの婆さんが出てきた。白衣は着てたが、じつにうさん臭く見えたな。
で、治療室に入ると、上半身を裸にされて診療台にうつ伏せに寝かされた。
具合が悪かったけど、これから自分がどうなるか気になるだろ。
周りを見回したら、注射器とかガーゼとか、医者らしいものは一切なかったんだ。
そのかわり枕元の棚に、大きな葉っぱと小さな葉っぱ、
2種類が10枚くらい積み重ねられてた。大きい方は俺でもわかった。
あの餅を包む柏の葉っぱだった。もう一枚のほうはわからなかったんで、
「それ、何の葉っぱスか?」って婆さんに聞いた。
そしたら立って見ていた兄貴が、「こら、口を利くな」って怒ったんだが、
婆さんは「これは桃の葉ですよ」って子どもみたいな声で言ったんだよ。

それから、うつ伏せの後頭部に手ぬぐいをかけられたんで、
どうなったのかはわからなかったが、痛いということはなかったよ。
たぶん婆さんが、俺の背中に指圧とかマッサージみたいなことをしてたんだと思う。
ガサガサした指の感触があったからな。俺はだんだんに眠くなってきて、
夢うつつという感じだったが、ときおり兄貴が「うっ」とか「うわ・・・」
という声が聞こえた。兄貴は前科がいくつもあって修羅場をくぐってきた人なんだ。
それがそんな声をだすんだからな。なんとなく察することはできるわな。
で、時間にして30分くらいかな。「終わりましたよ」と婆さんが言って、
診療台に起きてみたら、気分がいいというわけじゃなかったが、
頭の痛さも体の重さもなくなっていたんだ。
背中も普通っていうか、後で鏡を見たら痕も何も残ってなかった。

でな、横の棚に、柏の葉っぱでくるんで紐をかけたこぶし大のもんが3つ置かれてた。
まさに少し大きい「ちまき」って感じだったんだよ。・・・それが動いてるっていうか、
微妙に震えているように見えたんだ。婆さんが兄貴に、
「とてもいいものが出ました。豊作、豊作。こっちで処理して若頭さんに渡しますから」
こう言い、兄貴は丁重に礼を返したんだ。その日はそこの街の高級ホテルに泊まり、
翌日になって組のある県に戻ったんだよ。それから俺は、
兄貴からかなりの小遣いをもらって2ヶ月ほどブラブラした。
全部パチンコですってしまった頃に、相撲賭博の仕事に復帰したわけだ。
で、組の抗争のほうだが、相手の組織のトップが急死して跡目争いのゴタゴタが始まり、
立ち消えになったんだ。いや、その後も体はなんともねえ、足を洗ったのは別の事情だよ。
そっちはそっちで、またわけわかんねえ話なんだが、聞きたいか?






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コメント
 語り手氏は「当たり」を探させられていたんでしょうか。こういう役回りって最後は切り捨てられる傾向にあると思うんですが、足を洗うまで生きられて何より。その話も「聞きたいか?」と問われれば、ぜひ聞きたいですねえ。
 ところで、管理人さんはスジな方々を主人公にすることが多いですが、職場の立地的に触れ合いやニアミスがあったりするのでしょうかw
| 2015.10.19 11:54 | 編集
コメントありがとうございます
うーん前も書いた気がしますが、筋な人たちは
場所的にたくさんいますので生態を見聞きしている程度です
bigbossman | 2015.10.19 21:45 | 編集
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