ガイジュセクとオヤビン

2015.10.12 (Mon)
* 今回も怖い話ではありません。この話題です。
ちょっと古い、今年6月のニュースですね。

『ロンドン大学神経医学研究所は、自然なヒトの遺伝的変異が、
クロイツフェルト·ヤコブ病などのプリオン病に耐性を持つと発表した。
クロイツフェルト·ヤコブ病(CJD)やウシのBSE(狂牛病)は、
異常プリオンが脳や中枢神経系に蓄積することが原因とされているが、
いまだに治療法が存在しない不治の病として知られている。

プリオン病を研究するチームは、パプアニューギニアにおける風土病
「クールー(kuru)」に着目。同地では近代まで死者を弔う儀式での食人習慣があり、
(1950年代以降は行なわれていない)
クールーはこれに起因する異常プリオンの蓄積が原因とされる。
研究チームはクールーにもかかわらず生存してきた現地の人の遺伝子を調査し、
プリオンタンパク質に対する耐性と見られる変異を発見した。』

(Newsweek 日本語版)

変な題名ですが、2人の人物についてとりあげています。
ガイジュセクはご存知でしょう。ダニエル・カールトン・ガイジュセク(ガジュセック)
アメリカの医師で、クールー病の研究により、
1976年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した人です。
ちなみに晩年、氏は児童に対する性的虐待で有罪判決を受けています。
ヤバいですね。ノーベル賞は返上しなくてもよかったのでしょうか?

クールーはクロイツフェルト・ヤコブ病と基本的には同一で、
1920年台にドイツ人医師により報告されました。
ガイジュセクはパプアニューギニアでのフィールドワークにより、
ニューギニア島南部高地に住むフォレ族の間で広まっていたこの病気が、
人肉食由来であることを論証した功績で、ノーベル賞を受けたのです。

フォレ族では1950年台まで、
葬儀のときの死者の人肉食を儀式として行っていました。
このときに脳まで食す習慣があったので、クールーが蔓延したのです。
(まれに脳とその関連以外の部位を食べても起こる場合があるようです)
特に女性と子どもに多かったと言われます。症例は、異常プリオンが脳内に侵入し、
脳組織に海綿状の空腔をつくって脳機能障害を引き起こすもので、
進行が早く、ほとんどが1~2年で死に至ります。
脳がスポンジ状にスカスカになる症状は、アルツハイマー病によく似ています。

牛が牛の脳を食べれば狂牛病になり、人間が人間の脳を食べればクールーになる。
この発症メカニズムもよく似ていますが、
自分は初めてこの話を聞いたとき、共食いの呪いみたいな禍々しい感じを受けました。
フォレ族がなぜ50年台で人肉食をやめたかというと、
これは現地に入った白人宣教師の影響が強かったためのようです。
人肉食がなくなるとクールーも収まっていったのです。

さて、2人目、オヤビンというのは、このブログによく登場していただく、
食生態学者の故 西丸震哉氏の敬称?です。
ご存知でない方はこのリンクを参照してください。
関連記事 『オヤビン西丸震哉氏について』
日本オカルト界の先駆者であり、怪談文化に寄与した功績は巨大です。
じつはオヤビンは1968年から1年近く、
パプアニューギニアに入ってフィールドワークを行っています。

その体験を書いたのが『さらば文明人ーニューギニア食人種紀行』という本で、
現在ならこの副題は変えられてしまうかもしれません。
現地に入って早々、熱帯に慣れるためと称し、
旧帝国陸軍が死の行進をしたとされるオーエン・スタンレー山脈を踏破するなど、
(オヤビンは登山家としても有名) さまざまに破天荒な行動をとっています。
ちなみに、この山行には旧日本軍の幽霊を目撃するという目的もありました。

オヤビンは、このフォレ族の中にも入って調査を行ったのですが、
彼らは人肉食をやめて10年以上たっており、
悪い過去だと思っていて、オヤビンにもそのことを隠していました。
そこでオヤビンは「俺も別のところから来た人食い族なんだ」
と嘘をついて情報を引き出した、などと本には書いてあります・・・

また「人肉は味の素の味がする」と現地人が証言したという話も出てくるのですが、
これはそもそも、現地人が味の素を食べたのも、
オヤビンによる試食会のときが初めてであって、
要は、人肉はうま味があるということなんでしょうね。
ところで、上記のガイジュセクがクールーが人肉食由来である証拠をつかんだのは、
英文文献によれば1965年のことのようです。
オヤビンの本には、フォレ族のクールーについて観察して書かれた部分もあり、
もし10年早くオヤビンがニューギニア入りしていれば、
もしかしたらオヤビンのノーベル賞受賞も・・・

まあ、これはないでしょうか。オヤビンの興味は生理学的な面よりも、
どちらかというと人肉食の倫理的な側面にあったようで、
徹底して現地人擁護の立場です。「彼らは神聖な儀式としてやっていたのだし、
人肉を食べることを罪とは思っていなかった」という論調で本は書かれています。
食べること=死者を悼み、再生させること であったわけですから。

もう一つ、クールーとは関係ない、「黒い眸」というロシア民謡にまつわる、
ガイジュセクのエピソードでを紹介します。
『パプアニューギニア地方を調査に訪れたガイジュセクは、
まだ石器を使っている未開民族と接触し、歓待を受けた。
その時、多くの伝統的な歌を聞かせてもらった返答として、
彼はロシア民謡の「黒い眸」を歌って聞かせた。

数年後、同じ地方の違う地域を訪れたガイジェセクは、
若い原住民たちが「黒い眸」を歌っているのを聞いた。しかも驚いたことに、
彼らの多くは、その歌が自分たちの先祖伝来の歌だと思いこんでいたのだ。
その後、この歌はさらに奥地まで浸透し、広く歌われていることが判明した。
外界から伝わった断片的な知識が、ほんの数年で、
原住民の伝統文化の中に定着してしまうことは十分にあり得るという典型例である。』


自分もフィールドワークで話を採集したりすることもありますし、
現在では、まったく外からの影響を受けていない
地域や部族というのはまず存在しません。
民間伝承における新しい時代の外部からの情報の侵入・・・
つねに心に留めておかなくてはならないエピソードだと思っています。

さてさて、話をクールーのほうに戻して、
現在のフォレ族で見つかった、クールーに耐性を持つ遺伝的変異というのは、
じつに興味深い話です。もし人肉食の習慣が50年代以降も続いていたら、
すべてのフォレ族にクールー病に抵抗する遺伝子が広がっていただろうと、
研究チームは推測しています。これはダーウイン進化論に合致する顕著な例なんですね。
『フォレ族から見つかった遺伝子変異をネズミに移植した。すると実験対象のネズミには、
クールー病だけでなく2つのタイプのブリオン病への抵抗力が生まれた。』

記事にはこのような報告もあり、治療法がない難病であるブリオン病、
さらにはアルツハイマー病の治療法の確立にも役立つ可能性があります。






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