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ゼイゴ様の話

2015.10.15 (Thu)
今晩は、よろしくお願いします。今夜話をさせていただくのは、ゼイゴ様という、
自分の郷里にある神社のことです。実家の町内にありまして、
御祭神は諏訪神社と同じなのですが、その他によくわからない神様が2柱祀られてます。
おそらく、こちらが元々の神様なんだと思います。
場所が東北ですから、アイヌ系のね。それが、明治になって国家神道が始まってから、
いろいろ難癖をつけられるのを慮って、有名な神様を勧請したってことじゃないかと。
大きなところではありません。どこの町にもありそうなごく普通の神社です。
町中にあるんですが、裏手が川になっていて杉林もあるんです。
それと、境内には榎や柏も生えてます。そのご神木のうちの一本が、
四角く縄で囲われていて、乳房榎って名前がついてるんです。
木の瘤がちょうど真横に2つ並んでいて、それが乳房に見えると言われていて。

それでなぜか、その乳房の部分だけ樹皮が剥がれているんです。
ですから夕方に遠くから見れば、
乳房だけが白く宙に浮かんでいるように見えないこともないです。
樹皮はだれか、神社の関係者か氏子連が、
評判を取ろうとして、その昔にやったのかもしれません。
これはけっこう高い位置にありまして、一般的な女性の胸より数十cmも上です。
小さなところですから、社務所もないし、ご神職も常駐はしてません。
町内の少し離れたところに、栗焼酎を造っている酒屋があって、
そこの代々の当主が資格を取り、神職を務めているんです。
今もそうだと思いますよ。ええと、ここは怖い話をする席ということでしたが、
自分の話はあまり怖いものではありません。そこはご承知おきください。

真柄小児科

神社は普通に町内にあるので、右隣は八百屋でした。
大型スーパーに押されてもうありませんけど。それで、左隣りが真柄小児科医院、
っていう個人病院だったんです。自分は小さい頃から風邪ひきの体質だったので、
よく世話になったものです。近いせいあって、中学校になっても行ってました。
まわりは赤ちゃんばっかりでしたが。
それで、あるとき・・・小学校の高学年ころに気づいたんですが、
赤ちゃんを抱えている母親は、赤ちゃんが泣き出すと立ち上がって、
待合室の窓のほうへ行くんです。そこからゼイゴ様の境内が見えました。
乳房の榎も、乳房自体は陰になってましたが、木そのものは見えましたよ。
そうすると熱があったりしてむずかっていた赤ちゃんがピタッと泣きやむんです。
これは不思議でしたね。そこに来るお母さんたちのほとんどが知っているようでした。



自分はゼイゴ様の前を通って小学校に通っていました。
通学路だったということです。あるとき、まだ8時前でしたが、
ゼイゴ様の境内に人だかりができていて、何だろうと不思議に思ったんですが、
子どもだし登校時間が迫っていたため、そのまま行き過ぎました。
その日うちに戻ってから母親に聞いたんですけど、「うんまあ、ちょっとね」という感じで、
ちゃんと教えてくれなかったんです。それで、はああこれは、
きっと子どもは知らないほうがいいことなんだろうとは思いましたが、翌日学校に行くと、
知ってるやつがいて教情報をくれたんです。境内に藁人形が釘打ちされていたということでした。
それもあの乳房榎にです。ゼイゴ様は裏手が川なので、
そっちを回れば確かに人には合わないで済むんですが、まさかねえ、
これは丑の刻参りというものでしょう。そんなのが近所であるなんて、怖いなあと思ってました。

この後も全部、情報通のやつから聞いた話なんですが、
神職はじめ主だった氏子が集まって神様にお伺いを立てると・・・
藁人形はそのままにしておきなさい、という卦が出たのだそうです。
そこでそのままにしてどうなるものかと見ていますと、釘は2日目、3日目と深くなり、
4日目には2本目の釘が、藁人形の頭部に突き立たんです。それで7日目が満願でしょう。
みな地域のものは、半信半疑ながらも死亡広告に注目してたんです。
そしたら亡くなったのが、市の助役の息子で、不思議なことに、
自宅の車庫で自分の車とコンクリ塀にはさまれてのことだったんです。
当時の車は今とは違ってコンピュータ制御はなく、機械そのものでしたけど、
それでも、警察が首をひねるような事故だったそうです。偶然かもしれませんが、
この死んだ息子は、ひじょうに女癖がよくなかったという評判だったようです。

キラキラ

これは自分が高校を卒業して、
他県の中核都市に就職に出るのが決まった3月のことでした。
たぶんそっちで結婚もして、盆正月以外はもう町には帰ってこれないだろうということで、
卒業式の翌日、晴れたので家族でゼイゴ様にお参りに行ったんです。
雪深い地方なんですが、参道はきれいに除雪されていました。
みなで拝殿に手を合わせてから、道がついていた乳房榎にも回ってそこでもお参りをしました。
そのときに、小学校のときにあった丑の刻参り騒動のことを思い出して、
よく見てみましたが、どこにも釘の跡らしいものはなかったんです。
帰ろうとしたとき、だれもぶつかったりしていないし、風もなかったのに、
グンと乳房榎が揺れたんですよ。すると枝に積もっていた雪というか氷ですね。
それが欠片になって、キラキラ光りながら落ちてきたんです。
ものすごくきれいでした。まあ、それだけのことでしたけども。

15年後

このことがあってから15年以上後です。といえば自分の歳もわかってしまいますね。
結婚しただけでなく、子どもが2人産まれまして、次男はまだ1歳です。
その間に、実家のほうでは父が亡くなりましたが、母は健在です。
もちろん盆や正月はじめ、子どもらの夏休みなどにもちょくちょく帰ってます。
しかしここいらは、町並みは多少は変わりましたが、
全体としてみれば自分が子どもの頃と雰囲気自体は同じですよ。
真柄小児科医院もあります。ただ、先代は他界していて、
今は娘さんが婿をとって跡をついでるんです。
それで、この正月に孫を見せに里帰りしたとき、次男が熱を出してしまいまして、
真柄医院に連れて行ったんです。三が日中でしたけど在宅で、開けて診ていただきました。
そのときに昔の、赤ちゃんを乳房榎のほうに向ければ泣き止む話を思い出して、

自分の息子で試してみたんですが、まったく効果はありませんでした。
乳房榎は今でもあるんですけどねえ。
こういう昔話みたいなことは、時間がたつうちに薄れていっちゃうってことでしょうか。
幸い息子はたいしたことがなく、点滴で熱が下がりました。
翌日も診察をお願いして、その帰りにザイゴ様に寄ったんです。
変わらない町の中でも、そこの境内はまったく昔のままで、
ふっと木の陰から、子ども時代の自分が飛び出してくるような錯覚を覚えました。
乳房榎の乳房部分は、多少ですけども高さが上になってる気がしました。
これは木がまだ成長してるってことなんでしょうねえ。不思議なことは何もなかったです。
ああ、話していませんでしたか。ゼイゴ様というのは、漢字で書くと在郷様、
それがなまった呼び名なんですよ。







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