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鯉の町

2015.10.21 (Wed)
〇〇新報という地方新聞の記者をしている西牧といいます。
これからお聞きいただく録音は、すべてわたしが取材したものですが、
氏名のほうは仮名にさせていただいております。
それでも、ここで話すことは職業上の守秘義務違反になるでしょうね。
ですが、わたしの住んでいる市で起きている奇妙な現象について、
いろいろ調べたんですけど、どうやっても考える手がかりがないんです。
それで、ここはそういうことの専門家のみなさんがお集まりだということを聞きまして、
こうしてご訪問させていただいたわけです。どうぞよろしくお願いします。

山田氏(市民病院心療内科)

はい、わたしは市民病院の心療内科に勤務している山田と申します。
こんな小さな市ですし、他の科と比較して忙しいということはありません。
ただ、気になる患者さんというか・・・気になる症例がありまして、
他では経験したことのないもので、この地域特有のものである可能性があります。
うつ病の一種なんでしょう。それは間違いないと思います。
ただ、一般的なうつ病とはかなり違っていまして。
共通点は、無気力になるということです。何もやる気が起きない。
でもね、うつ病ではそれと同時に、自分に価値が無い、
またはすべてのことに対して、申し訳ないと感じる強い罪責感があるものです。
あと、この世から消えてしまいたいと思う気持ち、
自殺念慮といいますが、そういうことは見られません。

そういう患者さんがちょくちょく来られるんです。
仕事が手につかない、何もやる気が起きない。でも、それをマズいとも思わない。
みなさんトロンとした目をしていて、焦りもなく、むしろ多幸感が見られます。
そう、自分の今の状態を幸せだと思っているんですね。
うつ病に特有な不眠も見られません。むしろ寝てばかりいるようになります。
ええ、最初は薬物中毒も疑いました。でも、検査結果ではそれもなし。
向精神薬を投与しているんですが、ほとんど症状の改善はありません。
ほとほと困り果てまして、催眠治療というのを試みました。
それも退行催眠です。これはご存知でしょう。催眠状態において、現在の年齢から、
だんだん若返っていってもらうんです。10歳になり、3歳になり、0歳児から、
胎児へ、そして前世へと遡っていただきます。

窮余の一策ですよ。ここで少し説明させていただくと、幼児期の記憶は、
実際にあったことと、そうでないことが混じりあっています。
大きくなってから「こんなことがあったよ」と両親などに聞いた内容ですね。
それに、胎児期の記憶というのは、脳が形成されてからのことです。
お母さんのお腹の中にいて温かい、血液や内蔵などが立てる音が聞こえる。
このあたりまではみなさんほぼ同じです。
それから前世の記憶というのは、これはすべて患者さんご本人の想像ですよ。
わたしは宗教のことはわかりませんが、前世というものがあるとは思いません。
けれど、催眠中に「生まれる前に戻りました」と術者に言われると、
必死になって「前世」というものを脳内で造り出そうとします。
それで記憶に強く残っている本や映画の内容から前世を無理にこしらえるんですね。

だから患者さん本人が、催眠から覚めてから「このような前世の話をされていましたよ」
とテープを聞いていただくと「あ、前にそれに関する本を読んだ」と、
自身で思い当たられる場合が多いんです。わたしは、そういうのが、
何か精神分析の手がかりになればと、治療の一環としてやってみることがあるんです。
ところがですね、この市の患者さんの場合、前世の記憶は全員がほぼ同じなんです。
不思議でしょう。どういうものかと言いますと、「自分は今、水の中にいる。
 とても自由で気持ちがいい。食べ物も豊富だし、ここから出たくない。
 眠りに入ればここに戻ってこられる。じゃまをしないでくれ・・・」
多少言葉は違いますが、ほぼこのような内容のことをおっしゃるんです。
どう解釈していいのか、お手上げです。ユングの言う集合無意識のようなものでしょうか。
それとね、この症例を示す患者さんは全員が25歳以下という共通点もあるんです。

三木氏(市役所観光課)

ここの市役所に勤務して、もうすぐ25年になります。
まあねえ、退職へのカウントダウンを待っているようなものです。
え、水路の鯉の話ですか。そうですね、
今のところあれがこの市の観光における一番の目玉だと思います。
もう半世紀も前に始めたことが一番の目玉というのも恥ずかしいですが。
今でこそ、あちこちで同様のことをされていますけど、日本ではここが嚆矢だと思いますよ。
ここは元々、水のきれいなところだったんです。川が伏流水になってましてね。
それがろ過されてあちこちで湧いて出てくる。冷たく澄んだ水でそのまま飲むこともできます。
ええ、多くの自治体は上蓋のついたコンクリの用水溝でしょう。
ところがここは、自然の石組みによる江戸時代からの水路が残っていまして。
近代化とか言って、壊さなくてよかったですよ。

これにね、錦鯉を放したわけです。みなさん錦鯉といえば、一尾数百万もするような、
昔の田中角栄さんの池にいたようなのを思い浮かべられる方が多いんですが、
これは誤解です。高いのは選別に選別を重ねて得られたもので、
その過程で漏れた鯉たちというのは一尾が数百円で買えます。
というかね、養殖場と話がついてればただでもらってくることもできるんです。
ねえ、おかしな話でしょう。ちょっとした種類や模様の違いで、
百万以上の価値が出たり、そのまま捨てられてしまったりする。
素人であれば見た目の違いはまずわかりませんよ。
どちらもきれいですし、なにより同じ生命ですからね。それでね、お話した水路に、
そのような鯉を大量に放ちまして。それが水路内で自然繁殖して、
今、この市が「鯉の里」と呼ばれるようになっているわけです。

中国からの観光客の方などには大人気ですよ。
今のところ、捕ったりする人もいませんしね。数千万かけて大掛かりな施設を造るより、
はるかに安上がりです。え、これを始めたきっかけですか?
そうですね、25年前、市役所と商工会の合同の集まりのときに、
オサキ様の神主さんから話が出たように記憶しています。
あ、オサキ様はわかりますよね。市の南の森にある大きな神社です。
水路の水は最終的には、オサキ様の池に流れ込んでいくんです。
ですからね、あそこの神社も名物は無数の鯉が泳ぐ池です。
うーん、当初からそれを見越して話を出されたわけではないと思います。
純粋に市のために考えてくださったんでしょう。結果として、
市のためにもオサキ様のためにもよかったということで。

松村氏(〇〇警察署 刑事課)

これどこにも発表しませんよね。だったら話してもいいというか、
自分も真相がわかるものなら知りたいですよ。
わかったことがあったら情報提供たのんます。
行方不明者が出始めたのが、今年の3月からですね。
そっからたて続けに6人。これが大都市なら、家出した人というのは多いでしょう。
ところがねえ、今は市になったといっても、こんな田舎町のことですから。
でねえ、この6人が6人とも、携帯電話どころか、
ほとんど現金も持たずに消えてしまったですから。ありえない話です。
ええ、共通点は全員が25歳というのも不可解です。
同じ学年の同窓生だったってことですね。若い人は市外で就職する場合が多いけど、
この人たちは市で就職して、次々と消えてしまった。

足取りはある程度まではつかんでますよ。6人のうち5人が最終的に確認されたのは、
通称オサキ様と言われる神社の付近です。でも、あそこは駅からはかなり遠い。
ほら、鳥居前の池に赤い橋が掛かってますでしょう。あの近辺です。
いや、橋から飛び降り自殺したということはありませんよ。
あそこの池は浅いんです。深いとこでも2mないでしょう。
しかもあの透明度だから、人が沈んでれば必ずわかります。
署では池さらいをしてみようって話も出てるんですが、はっきり言って無駄だと思いますね。
ただまあ、自殺の線はないことはないでしょう。
6人が6人とも市民病院の心療内科への通院歴があるんです。
しかしねえ、中には新婚で赤ちゃんが産まれたばかりの人もいるし。
いやね、自殺であればこれは警察の管轄外になるんですけど、はっきりしてほしいんですよ。







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コメント
 三つ目の話まで読んで、もう一度最初から読みなおすとストンと腑に落ちる、面白い仕掛けの話でした。しかし、話の中ではもう、「仕掛け」が取り返しのつかないところまで動いてしまっているようですね・・・
| 2015.11.02 14:17 | 編集
コメントありがとうございます
これは実話風怪談としてはやや反則気味ですが
パラレル構成で書いてみました
うまくつながっているといいのですが
bigbossman | 2015.11.02 22:47 | 編集
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