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サン・ジェルマンの憂鬱2

2015.10.24 (Sat)
昨日の続きです。えーと、不死に対するアプローチ法は大別して3つあると
言って、そのうち2つまで書いて終わったんでしたね。
前述の2つは医学的、分子生物学的なアプローチが多かったわけですが、
最後のはこれです。

③情報工学、脳科学的なアプローチ
人間の意識をコンピュータに移すこと。マインド・アップローディングと
言うようです。工知能の権威であるレイ・カーツワイル氏
(googleのディレクター)は、最近行われた『グローバルフューチャー2045』
世界会議で、

「近い将来 、脳機能を コンピュータへ移行することが可能になる」
と述べています。人間は肉体の損傷や消滅にかかわらず精神だけが
生き続けられる、と言っていいかもしれません。人間の脳の約800億の
ニューロンと、それらを結ぶ何百兆ものコネクションのそれぞれをマッピングして、
このネットワークを非常に強力な計算システム上で機能させるということでしょう。

うーむ、さまざまに問題点はあるという気がします。前にも書きましたが、
人間の意識というのは、感覚器を始めとする身体各部からの
フィードバックによって成り立っています。
「ちょっと寒いな」→「早く風呂にはいろう」→「そういえばシャンプーが切れてた」
みたいな感じで、思考の流れが起きることが多いですよね。
脳以外の体の各部分が、思考や記憶を進ませてるようなものです。

マインド・アップローディングは、自分が考えるかぎりでは、
パソコンのバックアップのようなもので、それまでの脳内記憶などを保存しておく
にはいいでしょうが、いざ意識だけをコンピュータ内で動かしてみると、
これは様々な問題が起きてくる気がします。それと、
このgoogleの人はあまり魂とかそっち方面は考えてないみたいですね。

さて、話変わりまして、もし不死が実現した場合こんな問題点が指摘されています。
これは「不老」も含んだものです。元ネタは (cracked.com)という英文サイトです。
cracked.com
1,周囲の生命が進化し、不老不死の人間は仲間はずれの状態になる。
2,不老不死であるために、普通の生活を送ることができない。
3,体は年をとらないが、精神的に確実に老いていく。
4,正気を保てないほどの早さで時間が経過していく。
5,事故や天災に遭って身動きが取れなくなる可能性がある。

1は、人類の進化ですから、数百万年レベルで生き続けないと
起きないでしょう。人間の身体や思考が変化し、それにより生活様式も
変わっていくのに、自分だけ適応できず、仲間外れになってしまう。
2は、不老不死をずっと続けていれば、その噂は必ず広まって、
研究機関などに狙われたりするというようなことですかね。

3は、すべてのことを経験してしまっているため、
何事にも無感動になってしまうかもしれません。
それに、脳の容量は一定なので、古いパソコンのように、
動くのが遅くなってしまう可能性も指摘されています。

4は面白いですね。地球上の生物はさまざまな寿命の長さを
持っていますが、寿命が短い生物ほど、一瞬一瞬が長く感じられる
ということが、実際に確認されているようです。その逆に、
永遠の寿命を持っていれば、時間のたつのがひじょうに早く感じられる
というのもありそうなことです。

5,長く生きれば生きるほど事故に遭う確率は高くなり、
永遠に生きるとなれば、そのどこかで必ず事故に遭うでしょう。
その事故はもしかしたら、瓦礫の下に埋もれて身動きができないまま、
ずっと生きているというものかもしれないのですね。

ということで、現在における不死へのアプローチと、その問題点を
ご紹介してきましたが、次は、もう少し宗教的に考えてみたいと思います。
現世のまま、つまりこの世にいる状態で不死をめざす
宗教というのはあります。仙道、原始道教のことです。

これは基本的には、呼吸法や食餌法などの錬丹術により、
羽化登仙を目指すのが目的でした。仙人になれば
雲にのって行きたまま仙界をかけ巡ることができます。
これ以外の宗教は、いったん肉体が死んでも魂は残り、天国、極楽、
彼岸、何らかの形で神の国に行くというものが多いですよね。

この場合、普通は自分の意識は死んだ後も継続するとされます。
とすれば、もしそうであるならば、この世で無理に不老不死を求める
必要はないかもしれません。天国(あるいは地獄)でも、
自分というものは残るのですから。

そう考えてみると、現世で不老不死を求めるというのは、
けっこう無神論的なアプローチなのではないかと思います。あと、
輪廻を認める宗教の場合は、死ぬといったんそこで自分の人格は途切れ、
前世の記憶は失われてしまうので、これは微妙なところです。一番よく
生まれ変わった世界で不老不死を目指すというのもありかもしれません 。

オカルト的な不死者といえば吸血鬼がよく知られていますね。
Wikiでは、吸血鬼になる原因として、『死者が吸血鬼となる場合は、
生前に犯罪を犯した、神や信仰に反する行為をした、
惨殺された、事故死した、自殺した、葬儀に不備があった、
何らかの悔いを現世に残している、などの例が挙げられる』と出ていました。

キリスト教が広まってからは、吸血鬼や狼男になるのは神の罰である、
という考え方が発生したようです。ですから、彼らは不死であることが
必ずしも幸せではないのですね。本質的には「さよえるオランダ人」とか、
永遠に牛を追い続ける「ゴーストライダー」と同じようなものかもしれません。
地獄のかわりにこの世で罰を受けているという。

日本の、人魚の肉を食して不老長寿になったという八百比丘尼伝説も、
けっして幸せな話ではありませんでした。不死に対するアプローチというのは、
科学的な探求としては興味深いものですが、不死になった先に何があるのか、
それは本当に個人の、あるいは人類全体の幸せにつながるのか、
そういうことも合わせて考えてみる必要がありそうですね。

関連記事 『サン・ジェルマンの憂鬱』

サン・ジェルマン伯爵





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