FC2ブログ

カズラの話

2015.10.28 (Wed)
詳しいことを言うとバレてしまうんで、少しぼかしますが、
父が南九州の島にある研究所に単身赴任していまして、
小学校6年生のときの夏休みに、母とそこに遊びに行ったんです。
10日くらい滞在したんですが、その中の1泊2日で、
父が近くの離島に僕だけ連れていってくれたんです。
父が持っている大型のモーターボートで4時間ほどの距離でした。
無人島ではないんですが、集落は一ヶ所だけで人口400人ほど、
ほんとうに何もないところでした。そのかわり自然はすごく豊かで、
本土では見られない珍しい昆虫がいろいろいたんです。それを採取して、
夏休みの自由研究のかわりにする計画だったんです。
宿泊は2人用のテントを持っていきましたが、使わず、島の民宿に泊まりました。

その2日目の午前のことです。島の集落とは反対側に父のボートで回って、
森に入って捕虫網を振り回しました。南の島ですから植物も本土とはかなり違っていて、
ツタ植物のカズラの類が繁茂していましたね。
島には高い山はなく、全体が低く盛り上がった形でした。
昆虫の獲物は蝶類が多かったです。大型の採集箱に色とりどりの蝶を入れ、
そろそろ戻ろうかというときでした。人一人がやっと通れる道沿いに、
大きなオレンジ色の蝶がいたんです。 「なんだありゃ?」僕よりも先に、
父がまず声を上げました。大きさは30cm近くあったと思います。
ええ、うちわを2枚重ねたくらいもあったんです。それと色が・・・
オレンジの蝶は、いないわけではないんですが、その色の上に,
銀色の粉を吹き散らしたような模様があってギラギラ陽に輝いていたんです。

「すごいね、父さん」 「ああ、初めて見た。あれは新種かもしれないな」
「捕れるかな」 「・・・この網だと蝶を傷つけてしまうかもしれないな」
こんなことを小声で言いながら、蝶の頭と反対側に回ってそろそろ近づいていきました。
それは父の胸ほどの高さの繁みにとまって羽を閉じていました。
僕だと位置が高いのと、まんいち逃したらと思って父に捕虫網を渡しました。
父だけが前に出て、足をしのばせて蝶の真後ろに入り、網を振り下ろした・・・
そのとき、蝶が爆発したように銀色に光ったんです。銀の粉が飛び散りましたが、
音はなかったように思います。その途端、急に陽が陰って、
ザーッと音を立てて雨が降り出しました。
ええ、スコールみたいな感じですが、雲が来ている様子はなかったんです。
「うーっ」 突然、父が大声を上げてうずくまりました。

近寄ると顔の半分に銀の粉がかかっていて、それが雨に溶けてどろどろ流れていました。
「父さん、大丈夫?」 「うーっ、うっつ、胸が苦しい」
こんな会話もほとんど聞こえないほど、ダダダダと音を立てて強い雨が降ってました。
「ここの下に、地元の人が使ってる小屋がある。そこで雨をやりすごそう」
父は切れ切れにそう言うと、2人で丸くなって道を下っていきました。
さっき降りだしたばかりの雨なのに、水が滝のようになって道を流れていました。
小屋まで5分くらいだったと思います。鍵はかかっておらず、
2人でどっと土間に倒れこむようにして入りました。
そのまま父はうつ伏せの状態で、僕が立ち上がっても「うーん、うーん」と、
胸を押さえて唸っていたんです。「父さん、父さん」土間の中に炉が切ってあり、
つぶれた大きなヤカンがかかていたのを持ってきて、父に飲ませようとしました。

でも、父は目も口も強く閉じていて、荒い息を吐き出すだけでした。
それで、顔についた銀の粉がよくないかと思い、水を手ですくって洗い流していると、
小屋の戸が開いて人が入ってきました。地元のおじいさんでした。
「こらあ、どうした」みたいなことを僕に聞いたんですが、
土に流れた銀色の水を見ると、「ああ、これはいかん、お使いさんの粉がかかっとる」
って言いました。「お使いさんの粉?」
「でかいチョウチョウがおったろう。あれは島から島へ渡るお使いさんと呼ばれとる。
 人がかまってはいかんものだし、こうやってバチが当たる」
「お父さんを助けてよ」 「イキカズラを飲ませねばならんな」
「それどこにあるの? お願いします、取ってきてください」
「いやあ、この下の浜沿いにいくらもあるんだが、これはバチだから親族がとらねばならん」

おじいさんは、うつ伏せでうなっている父を仰向けに寝かせ、
心臓に手をあてていましたが、「まだ、しばらくはだいじょうぶじゃろから、いっしょに行こう」
心配でしたけど、父をそのままにして小屋の外に出ると、
雨はだいぶ小ぶりになっていました。おじいさんが先に立って、
ゆるい下りの道をずっと下りていくと、白い砂浜が見えてきました。
「ああ、あれだ」おじいさんが指差したところを見ると、浜と森の境目のところに、
生垣のようになったツタ植物の繁みが続いていたんです。
近寄って、おじいさんがひとつかみカズラの葉を握って裏返しました。
そしたら一枚一枚の葉の裏に、黒く短い毛でのたくった字のようなものが書いてあったんです。
「これがイキカズラですか?」 「いや・・・、シニカズラかもしれん」
「どういうこと?」 「同じツタにイキカズラとシニカズラが生えてる」

「同じ種類なのに?」 「そう言われてる。とにかく坊が選んで取るしかないぞ」
そう言われて、裏返っている葉をよく見たんですが、選びようがなかったんです。
「葉は一枚あればいいが、後悔のないよう取んなさい」おじいさんが改まった口調で言い、
それでますます困ってしまいました。そこら一面の葉をツタごと裏返し、
ためすがめつ見ても、やっぱりどれだか決めようがありません。
そのとき、雨とは違うザッ、ザッという音が聞こえたんです。
おじいさんが僕の腕をつかんで、体を下げさせました。
音のしたほうを見ると、30mほど離れたところに、よろよろした動きの猿が来ていました。
「ケガしとるなあ」おじいさんが小声で言いました。
猿の右半身の毛が黒く固まっていて、血が出たあとのように見えました。
猿はこちらを気にする様子もなく、カズラの葉を裏返しては何枚もむしりとり、

小脇に抱えて、ひょこひょこと歩み去っていきました。
「行ってみよう」おじいさんが言って、猿が葉をむしっていたところを見ました。
でたらめに取ったようにも見えましたが、半分に千切れた葉が何枚かあり、
その残った茎ちかくの模様になんとなく共通した感じがあるような気がしたんです。
それで、そのあたりの繁みからなるべく似たのを選んで一枚だけ取りました。
「それで、えんだな」おじいさんが念を押すように言いました。
小屋に戻ると、父はまたうつ伏せになっていて、顔が真っ白でした。
おじいさんが父の顔に手を当て「まだ息があるが急がねば」そう言って、
僕の取ってきた葉を細かくちぎってヤカンに入れました。
そしてヤカンごと持ち上げて強く何度も振り、それから父の唇の端をこじ開けて、
ヤカンの注ぎ口から歯の間に水を注ぎ込んだんです。

1分もたたず、真っ白だった父の顔に赤みが差してきて、
しわがよるほど固く閉じていた目を開けたんです。「あ、おっ、どしたんだ?えっ?」
おじいさんがドッと座り込んで、「えがったな、イキカズラだった」そう言いました。
父はわけがわからないようでしたが、僕がこれまであったことを話すと、
僕の頭をなでてから、おじいさんに何度も礼を言いました。
「あの蝶は、島の使い? ははあ、事典にも載ってない新種かと思ったけど、
 あんな大きなものがいるはずはないよなあ。
 こっちに来てもう4年になるけど、初めて知りましたよ。
 イキカズラ。シニカズラのことも。危ないところだったんですねえ。
 ほんとうにありがとうございました」 この後は何もせず、ボートで本島に戻りました。
それから住所を聞いていたおじいさん宛に、御礼の品を送ったんです。






関連記事
スポンサーサイト




トラックバックURL
http://scoby.blog.fc2.com/tb.php/939-e5f68e06
トラックバック
コメント
管理者にだけ表示を許可する