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書けない怪談

2015.11.06 (Fri)
前に「書かない怪談」という項を設けましたが、  関連記事 『書かない怪談』
この場合は、自分が個人的に書きたくない傾向の筋の怪談ということでした。
これとは別に、最初から「これは書くのは無理」という怪談もあります。
いろいろな差し障りがあるからですね。

まず、現実にあった事件を思い浮かべてしまうような話は書けません。
やはり不謹慎と言われるのをまぬがれないですから。
実際に遺族や関係者の方が目にして不快に思うこともないとは言えませんし。
それと、殺人などの犯罪系の怖さでは、
どうやっても現実にかなわないと思うんです。
「幽霊より生きた人間のほうが怖い」とはよく言われる言葉ですが、
世界には絶句してしまうような実話がたくさんあって、
個人の想像力を越えているケースが多いです。

大事故や大災害についての話もそうですね。
東日本大震災から4年以上が過ぎましたが、あれを題材にとった話、
特にオカルトをからめた話がネットで出ると、
すぐに「不謹慎」と叩かれることが多いです。
これに似たことを実はエドガー・アラン・ポーも書いています。
有名な『早すぎた埋葬』という短編の冒頭部分ですね。少し長いですが引用すると、

『普通の小説にするのにはあまりに恐ろしすぎる、というような題材がある。
 単なるロマンティシストは、人の気を悪くさせたり胸を悪くさせたりしたくないなら、
 これらの題材を避けなければならない。
 それらは事実の厳粛と尊厳とによって是認され支持されるときにだけ、
 正しく取り扱われるのである。たとえば、我々はベレジナ河越えや、リスボンの地震や、
 ロンドンの大疫病や、セント・バーソロミューの虐殺や、
 あるいはカルカッタの牢獄における百二十三人の俘虜の窒息死などの記事を読むとき、
 もっとも強烈な「快苦感」に戦慄する。しかし、これらの記事が人を感動させるのは、
 事実であり、現実であり、歴史であるのだ。
 虚構の話としては、我々は単純な嫌悪の情をもってそれらを見るであろう。』

(青空文庫から 訳 佐々木直次郎氏)

ここに出てくるベレジナ河越えというのは、ナポレオンのロシアとの戦いの話ですが、
数万人が渡河の最中に戦死、溺死したという史実です。
これらの出来事の記録が人に感銘を与えるのは、事実であるからで、
フィクションでその手のことを書いても、嫌悪感しか与えられないというような要旨です。
これはそのとおりだと思います。
恐ろしすぎる事実には、尊厳を持って臨まなければならないし、
虚構などを安易に混ぜ込んではいけないでしょう。

ちなみにポーは、この後「個人として最も恐ろしい体験は、
生きたまま埋葬されてしまうことである」と続け、
話の主人公は真っ暗なせまい船室の中で目覚めたときに、
早すぎた埋葬をされてしまったと誤解します。ポーの小説には他にも、
「早すぎた埋葬」をモチーフいしているものがいくつかあり、
ポー個人のフォビア(恐怖症)の一つであったものと思われます。

上記引用のようなことを考えていたせいでしょう。
ポーの『赤死病の仮面』は、「黒死病」であるペスト流行を思わせる内容ですが、
色違いの7つの部屋などを舞台にして社会的な現実感を消し、
象徴的、寓話的な作品世界をつくり上げています。
どことも知れない場所、誰ともわからない人々の間で起きた夢幻として、
話ができているのです。
ですから、赤死病の仮装をした仮面の下には何も存在しないのですね。

これと関連して、自分は「予言、予知」というものが好きではありません。
特に昨今ネットで見られる「◯月◯日大地震が起きる」というようなものです。
お前は占い師だろう、と思われるかもしれませんが、
詳述はしませんが、これは占いの根本からは大きく外れています。
もちろん自分には予知能力などありません。
中には「こういう予言は、人々が様々な準備をするだろうし意味がないわけではない」
という人もいますが、自分はそうは思いません。
それは大地震が起きる可能性というのはつねにあるわけですが、
科学的な根拠のある予測であればともかく、
流言飛語ととられかねない内容は慎むべきでしょうね。






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