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目を洗う

2015.11.07 (Sat)
小学校6年のときのことだよ。クラス替えがあって、
席が近くだった◯◯◯ってやつと仲良くなった。◯◯◯は仮名だけど、
ものすごく珍しい苗字なんだ。調べてみたが、日本でこいつの一族だけみたいだ。
◯◯◯は川向うに住んでて、これは恥ずかしいことなんだが、
町ではそっち方面はちょっと差別されてた場所なんだよ。
田作りをしないで、炭焼きとかの山仕事で生計を立ててる家が多かったんだ。
ただまあ、差別といっても大人の世界での話で、子ども同士ではそんなに気にはしなかった。
で、◯◯◯の家は写真館だったんだ。当時町では川のこっち側と2件しかなかった。
◯◯◯の店はほとんど川向うの住人が利用してたんだ。
◯◯◯自身は、そうだなあ、体が小さくて少し臆病な性格だったな。
成績はそこそこだったが、目立つようなことは絶対にしなかった。

俺は写真に興味があったんだよ。でも、家にはカメラはあったけど、
貴重品で親父がさわらせてくれることはなかった。
それで◯◯◯にいろいろ写真の話を聞いてたら、「家に遊びにこないか」って誘われたんだ。
で、日曜の午前中に行く約束をした。写真館の暗室を見せてくれるってことだったんで、
すごいワクワクしたんだ。当日は自転車で行ったんだが、
町の北にかかってる大きな橋を越えるのが3回目くらいだった。
はっきり言われてたわけじゃないけど、川向うにはあんまり行くな、
って雰囲気が家にあったんだよ。だからその日、親には、
別の友だちのところに遊びに行くって話して家を出たんだよ。
場所はだいたい道筋は聞いてたし、途中まで◯◯◯が迎えに来てくれることになってた。
行ってみたら橋を渡ったすぐで、◯◯◯が待っててくれた。

それから写真館はわりと近くだった。川向うでも、奥の山のほうまで行かないところに、
小さな商店街があって、その並びにあったんだ。
写真は明治時代に始めたってことで、赤いつやつやした木でできた、
かなり重厚な造りの建物だった。中に入ると、
セピア色に変色した白黒写真が何枚も飾られていて、中にはチョンマゲの武士の姿のもあった。
で、◯◯◯の父親が待っててくれたんだ。今とは違って兄弟が多い時代で、
自分の部屋を持ってる子どもは少なかったし、家の中で遊ぶなんてこともまずなかった。
◯◯◯は一人っ子だったけど、それはめずらしかったんだよ。
父親は毛玉だらけのセーターを着た小柄な人で、すごく優しかった。
写真館の中をひととおり案内してもらって、いろいろ説明してくれた。
昔の電球のフラッシュも焚いてみせてくれたんだ。

もちろん暗室にも入れてもらった。思ってたよりせまく、薬臭かったのを覚えてる。
現像器具や引き伸ばし機がところせましと並んでたな。
電気を消して、セーフライトをつけてもらったりした。
うん、すごくよくしてくれたんだ。だから、あんなことになってしまって申しわけなかった。
・・・それを今から話すんだよ、何があったかを。 1時間くらいそうしてから、
そろそろ小学校のほうへ行って公園で遊ぼうということになった。
その時間だとたいがい仲間がいて、野球やったりしてたんだ。
それで◯◯◯の父親にお礼を行ったら 「土産にうちの柿、持って行きなさい」って言われた。
俺の実家のほうじゃ、柿っていったら干し柿のことだった。
生えてるのが渋柿ばっかだったからね。父親が◯◯◯に「裏から2本持ってきな」
こう言って、◯◯◯が店の外に出ようとしたんで、俺もついていったんだ。

店の裏はごみごみした小路で、バラックみたいな小屋が立ち並んでた。
その中の一つが、写真館の裏手の建物とつながってたんだよ。
入り口が大きく開いてムシロが何枚も垂れ下がり、
そこに赤い字で読めない記号のようなのが書いてあった。
「なんだ、あそこ。あれもお前の家なんか?」俺が聞いたら、◯◯◯は少し言いよどんでいたが、
「ばあちゃんの仕事場だよ」って答えた。
「え、お前のばあちゃん? 写真に関係のある仕事か?」
「いやちょっと、赤ん坊の疳の虫をとったり、失せ物を探したりする・・・」
「ああ」それは拝み屋だなって思った。いや、当時は珍しくなかったんだ。
俺の住んでるほうにもそういう家はあった。ほら、昔は夜間診療なんてなかったし、
迷信がたくさん残ってる時代だったからね。

ただ、写真館を経営してるのに、そこの婆さんが拝み屋をやってるというのは、
ギャップがあって意外だったけどな。裏の軒先に何本も下がってる干し柿の
紐を外そうとしてた◯◯◯が、「固いなあ、これ取れやしない。ばあちゃんいるかな。
ちょっとハサミ借りてくる」そう言って、ムシロの下がった小屋に向かったんで、
俺もついていった。小屋の中は2mばかりの細長い土間になっていて、
その両側に薄黄ばんだ布が下がってた。「ばあちゃんいないのか、ハサミ借りに来た」
◯◯◯が声をかけたが誰も出てこない。「これはいないな。母屋に行こう」
そのときだよ。右側の白布の一枚に内側から何かが飛びついたんだ。
手で抱えられるくらいの動物だと思ったが、布を通してピンク色が透けて見えた。
それで、その重みで布が上から落ちたんだよ。その布にくるまれるようにして、
猫よりは大きい動物が足元に転がってきたが、それは毛がなくなってた。

皮を剥がれてたんだと思う。全身が赤とピンクと嫌な黄色になってた。
だから犬ともタヌキとも、それ以外の何だったかもわからない。
まったく声を出さなかったから、喉をつぶされてたのかもしれないな。
その動物はもがいて布をふりほどき、ものすごい速さで走って路地に消えてったんだ。
そのとき◯◯◯が「ばあちゃん!」って叫んだ。動物に気を取られて見てなかったが、
布の外れた内側は四畳くらいのゴザを敷いた部屋になってて、
そこに婆さんがうつ伏せに倒れてたんだ。顔のまわりに生き物の毛が散らばり、
かなりの量の血がこぼれていた。婆さんのなのか、動物のものなのかはわからなかった。
それと、正面に祭壇のようなものがあり、そこに引き伸ばした写真が何枚も吊り下げられてた。
全部がモノクロの半身像で、男も女もあったけど、
それらの顔の部分がすべて渦巻き状になってたんだ。

「あああ、ばあちゃん!」と、◯◯◯が部屋に上がって婆さんの背中を揺さぶり、
それから俺に向かって「出ろ、外に出ろ、この写真見るな!」って怒鳴ったんだよ。
初めて聞いたすごい大声だった。それから◯◯◯は俺の手をつかんで引きずり、
写真館の表に回って中に入った。大声で「父ちゃん、父ちゃん」と呼び、
父親が奥から顔を出すと、「ばあちゃんが倒れてる。それからこいつ」と俺を指差して、
「あの写真見てしまった」って言った。◯◯◯の父親は、一瞬固まったようになったが、
「ばあちゃんを見に行く。お前はこ流しにいって、お友達の目を洗え」そう言ったんだ。
流しにいくと女の使用人のような人がいて、◯◯◯がわけを話し、
俺は上半身の服を脱がされて、白い粉・・・塩で両目を洗われたんだよ。
流れてきた水がしょっぱくてわかったんだ。不思議とあんまり目にしみなかった。
◯◯◯は「ばあちゃんを見てくる」そう言って途中でいなくなった。

その後、目を洗い終わっても◯◯◯も父親も戻ってはこず、その女の人が、
「もう帰ったほうがいい」みたいなことを言ったんで、いちおその人にあいさつして、
一人で自転車で帰ったんだよ。まだ遅い時間じゃなかったが、もう公園に寄る気もなくなってた。
目は特に痛んだりはしなかった。けど、晩飯のとき家族に目が赤いって言われた。
その日の出来事は話す気になれず、「こすったから」って言ってごまかしたんだ。
次の日学校へ行くと◯◯◯は休みで、「家庭に不幸があった」って先生が話した。
それから3日ほどで出てきたんだけど、なんだか態度がよそよそしくなっていて、
写真館で見たことについて話を聞きそびれてしまったんだ。
あと、やっぱり婆さんはあのときに亡くなったってことだった。
で、あの皮を剥がれた動物も、顔の部分が渦巻いた写真も不思議だろ。
いつかわけをきかなきゃと思ってたんだが、◯◯◯が俺を避けるようになってな。

まあこれで話はほとんど終わりなんだが、もうすぐ小学校を卒業するって頃に、
川向うで大火があったんだよ。で、小さな商店街になってた部分はみな燃えてしまった。
◯◯◯写真館もだよ。いやでも、◯◯◯も家族も亡くなった人はいなかった。
ただ、住む家がなくなって町を出ることになり、卒業式の直前に転校していってしまったんだよ。
それからは手紙もこないし、もちろん会ってもいない。
どこでどうしてるかはちょっとわからないな。え?俺の目?
いや、もともと視力はよかったが、今もこうして眼鏡なんかはかけてない。
老眼はあるけど、特になんともないよ。おかしな物が見えるなんて、ないない。
あとはそうだな。その川向うの火事になった一帯は、今は町の体育館になってる。
聞いた話だと、裏手の駐車場が、
夜間のら猫のたまり場になってるそうだが、これは関係ないだろうな。






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