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ジンマシンの蛇

2015.11.17 (Tue)
こんばんは、では始めさせていただきます。よろしくお願いします。
ずっと母子家庭で育ってきたんです。母が離婚したのはまだ20代の前半の頃のことで、
幼い私を抱えてずっと苦労の連続でした。
ええ、母の実家ではいろいろ私のためにはしてくれました。
でも、母としてはあまり世話にはなりたくなかったようです。
というのも、母が父と結婚するにあたって、かなりの反対があったからです。
それが、結婚してわずか3年程度で離婚したとあっては、
母としても意地が立たない部分があったのでしょう。とはいっても、
今とは違ってシングルマザーには厳しい世の中でしたから、私が幼児の間は、、
母の両親、私にとっての祖父母にはかわいがっていただきました。
ですが今話したような事情で、母は私が小学校に入るとすぐ、

アパートを借りて2人だけの生活を始ました。パートをいくつもかけ持ちして。
でも、私が学校から帰ってくる時間にはできるかぎり家にいてくれていたんです。
もちろん祖父母とは今でもつきあいはあります。
訪ねに来てくれることも、お正月などにこちらから出かけていくことも。
だから今は関係が悪いということではありません。
父ですか・・・これが一度も会ったことがないんです。
最初から向こうの家では、私の養育権を放棄しているようでした。
といって、向こうの家から生活費などが出ているわけでもなかったんです。
父は母と離婚して1年もたたずに再婚したようです。ですから、
私にとってはまったく見ず知らずの人と同じで、会いたいとは思いませんでした。
それで、これは私が小学校に入学してすぐに、気をつけるようにと話してもらったんですが、

離婚の原因というのが、私のジンマシンだったみたいなんです。
まだ0歳当時のお盆のことですね。向こうの家のお墓参り親戚一同で行ったとき、
私がひどいジンマシンを起こしたということでした。
ええ、乳児であれば命の危険があるほどの重篤な症状で。
緊急入院をして、2ヶ月以上病院にいたようです。原因ですか?
それがそのときには判明しなかったようです。
翌年、私が1歳になったときのお盆にも同じ症状になり、そこで様々な検査をして、
やっと、柳アレルギーということがわかりました。これはきわめて珍しい症例だそうで、
たしかに柳の木のアレルギーなんて聞いたこともありませんよね。
向こうの家の墓地には、そこかしこに柳の木が生えていて、
私は葉や枝が直接肌に触れたわけではないのに、かかってしまったんです。

体の内側のやわらかい部分に赤い発疹ができ、それが大きくふくれ上がりました。
ええ、腕から脇腹、お腹にかけてですね。そしてそれがだんだんに一つにつながり、
うねる蛇のように見えたということです。
それで、2年続けてそのようなことが起きたために、母は離婚せざるをえなくなったんです。
これもおかしな話だと思うでしょうが、父の家というのはその地方では旧家で、
一風変わった民間宗教を伝える宗家だったんです。
ですから、そこに産まれた子どもが、墓参りもできないような体質とあっては・・・
ということだったのでしょう。ちょっと考えられない話ですけど。
まあ、子ども時代の私は幸せでしたよ。母は何一つ、
他の子に引け目を感じないようにしてくれてました。ただずっとアパート暮らしであること、
父親がいないということはどうにもなりませんでしたけど。

でも、物心ついてからは、私のほうからそういう不満を言ったことはなかったです。
ああすみません、長くなってきましたね。このジンマシンが二度再発したことがあるんです。
1度目は私が小学校5年生のときでした。母が話をして、小学校の先生も知っていましたので、
柳の木に触れたということはないと思います。夏休み前のその日は何かの行事で、
比較的早めに帰ってきて、アパートに母はいませんでした。
私は体に熱っぽさを感じたので、冷蔵庫から麦茶を出して飲もうと思いまして、
開けた途端、何か細長いものがするっと下のほうから這い出てきたように見えました。
とたんに息が苦しくなり、全身が痒くなりました。子どもでしたから、
仰向けになって腕の内側をガリガリ掻いていると、みるみるふくれ上がって、
痒さが全身に回ったんです。ええ、気が狂いそうな痒みでしたけど、
それ以上に、呼吸ができなくなってきたんです。

喉を押さえ、大きく口をあけて息をしていると、体の上をスルスルと何かが動く感触、
まるで蛇が這っているみたいでした。そして頭の上1mほどのところに、
女性の上半身が浮かんだんです。白い着物を来て、首には何十にも数珠をぶら下げ、
白いものが混じった髪をひっつめに束ねた年配の女性でした。
顔はものすごく怒っていて、そのままだんだん位置が下がり、
喉を押さえていた私の手に、別の手が重なるのがわかりました。そうです。
首を絞められていたんだと思います。半分意識を失ったまま、手足をバタバタさせているときに、
母が仕事から帰ってきました。このときのことは母から聞いてないので詳細はわかりませんが、
母にもその女性が見えたんじゃないかと思います。
次に気がついたときは救急車の中で、私の体全体に塩がかかっていたんです。
このときの入院も2ヶ月ちかくかかりました。

2度目は私が高校3年のときのことでした。もう就職が決まっていて、
母を安心させることができると思っていた矢先の2月の初めです。
母が職場で突然倒れたんです。救急車で運ばれ、心臓の疾患ということでした。
ええ、もともとあまりよくはなく、健康診断のたびに言われていたようでしたが、
私には話してくれなかったんです。私が学校で急を聞いて駆けつけると、
母は点滴と酸素マスクをされていて、担当医の先生が「手術をしなくてはならないが、
 体力がないのですぐには無理だ」とおっしゃられました。
いったん家に戻って入院の準備をし、その日からずっと、日中から夜の11時過ぎまで、
母の個室につき添ったんです。進路が決まっていて、
高校は行っても行かなくてもいいようなものでしたから。この点は幸運だったと思います。
様々な検査があり母の容態も安定してきて酸素マスクがとれ、3日後が手術という夜のことです。

11時過ぎでしたか。もう病院の消灯は過ぎていましたが、
私は病院の地下のコインランドリーで洗濯をして、病室に戻ると母は眠っていました。
ベッド脇の椅子に座って一息ついたとき、急にベッドの母が苦しそうな声を上げ始めました。
ナースコールを、と立ち上がろうとしましたが、体が動かなかったんです。
母のベッドの上に白い霧が渦巻いていました。それがだんだんに人の形をとり・・・
白い装束の真っ白な髪のお婆さんでした。それが、
私が小学生のときに見た人と同一人物だということが、直感的にわかったんです。
お婆さんは私のほうは見ようとはせず、母の上に覆いかぶさるように動いて、
両手で首を絞め始めたんです。なんとか動こうと思い手足に力を込めましたが、
ピクリともしなくて・・・そのとき、体中がかっと熱くなって、
ジャージの下で皮膚がぼこぼことふくれていくのがわかりました。

ああ、ジンマシンが起きている、と思ったんですが、このときは痒くはなかったんです。
ジンマシンはジャージの下でつながった感じがあり、
そして首のところから這い出てきたのは、一匹の太く長い蛇でした。
病室のスモールライトは黄色でしたが、その蛇は鮮やかな赤い色をしていました。
母の体の上のお婆さんがそのとき初めて、私のほうを見たんです。
信じられないほどの憎しみがその顔に浮き出ていました。
赤い蛇はするするとお婆さんの体に巻きつき、そして一気に締め上げました。
もともとお婆さんの体は煙のようなものでしたから、それで四散しましたがまた集まってきて、
そのたびに蛇に締め上げられる・・・これを何度も繰り返すうち、薄くなって消えてしまいました。
同時に、私の体も動くようになったんです。立ち上がって母の側に行くと、
母は目を開けており、苦しげな声で「これで、終わったかもしれないよ」と言いました。

起きていたんです。私が看護師さんを呼ぼうとするのを母は止め、
「もうだいじょうぶだから、あのね、お前の体から今、蛇が出てきたろう。あれのこと、
 お母さんはずっと悪いものかと思ってたんだけど、そうじゃないのかもしれない。じつはね、
 覚えてるかな、お前が小学校のときにジンマシンで救急車が来たことがあったでしょう。
 あのとき、ちょうどお前のお父さんが亡くなっているの。お前には知らせなかったけど。
 今出てきたお婆さんは、かなり歳をとって見えたけど、たぶんお父さんの実家の母親。
 私のお姑さんだった人よ。お前のジンマシンをものすごく嫌ってた、というか怖がっていた。
 それが自分たちの家系にとって、害があるものだってわかってたのかもしれない」
一気にこんなことを言いました。・・・3日後、母の手術は成功し、今も元気にしています。
父の実家の姑、あのお婆さんは、どうやらこのときに亡くなったようですが、詳しくはわかりません。
あれから何年もたちましたがジンマシンは出ていません。柳にも近づいてないですけれど。

十毒大補湯

 






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