逆木の話

2015.12.09 (Wed)
私が中学生の時の話です。町に一つしかない中学校で、家からはずいぶん遠く、
自転車通学をしていました。それで、ルートが2つあったんです。
一つは町中の道路を通っていく正規の通学路で、
信号もあまりないような町でしたけど、それれも20分はかかりました。
もう一方は山の中を抜けていく道で、当時は舗装されていませんでした。
中学校自体が小高い丘の上にあるので、
この山道のほうは行きがほとんど登り、帰りが下りの道になってたんです。
ですから、ここを通るのは帰り道だけでした。自転車をこがなくてもどんどん下っていって、
10分ちょっとで家の近くまで出たんです。
親からは、その道は通るなと言われていました。学校からもです。
人気がないうえに街灯なども設置されておらず、危険だということでした。

ただ、今になって考えてみれば、それだけではなかったのかもしれません。
遠い昔に町で起きた出来事から、忌まれていた地であったのかもしれないです。
私は怖がりでしたので、暗くなってその道を通ることはありませんでした。
ところがあの日は、だるい感じがして部活を休んでしまったんです。
ですから学校を出たのは3時半過ぎ、まだまだ明るかったし、
自転車をこぐのもおっくうだったので、つい学校の裏手からその道に入ってしまったんです。
未知の片側は山の斜面で、反対はゆるい崖でした。
学校からすぐのところが急な下りになっていて、
しっかり握っていないとハンドルをとられてしまうくらい。
その先からはだらだらした下りでした。あちこちに石の出ている黄色い土の道を、
ゴトンゴトン走っていると、急に景色がぐらっと揺れた感じがしたんです。

いえ、自転車の揺れはなく、視界が歪んだみたいな。
そしたら、道の雰囲気がなんだか違って感じられたんです。
うまくは言えないんですけど、色あいが薄くなったというか。
それで、視界が開けたところに出て、そこからは崖の下の家並みが見えるんですけど、
トタン屋根がなくなっていて、ずっと田んぼが続いていたんです。それも、
あまり整備されていない昔の田んぼという感じで、遠くに行列が通っているのが見えました。
「え、おかしいな。こんな景色なかったはず」と思いましたが、
樹木の切れ目はそこで終わって、またゴトゴト自転車で下っていく・・・
あと数分で坂を下りきって農道に出るというとこまできたとき、
自転車のハンドルが大きくとられて、崖のほうにふらふら進んでいきました。
「落ちる」と思ってそっちのほうの足で地面を蹴り、ハンドルを思い切りきりました。

そしたら今度は逆に、山側の笹竹の茂みに突っ込んでしまったんです。
思わず足を出して茂みの中を蹴ろうとしましたが、
ガチンとすねのところが何か固いものにあたって、
自転車ごと茂みの中に横倒しになってしまいました。しばらくショックでそのままでいましたが、
なんとか自転車を起こすと、右足のすねに強い痛みがありました。
見ると、ちょうどソックスの上の部分が真っ赤にすりむけて血がしみだしていたんです。
笹は私が倒れたことで広範囲に倒れて、地面から四角い木の杭が出ているのがわかりました。
かなり太いものです。からからに乾いていて、
白っぽくなった15cm四方ほどの角材の頭の部分。
これに足をぶつけたんだろうと思いました。血の滲んだ部分をハンカチで軽く縛って、
なんとか下りていくと、普段と変わった様子のない農道に出ました。

家に入ってすぐ、「お母さん、自転車で転んだ。薬出して」と叫びました。
家は専業農家で、その時分はあまり作業のない時期でしたので、
両親とも家にいたんです。すぐ母が出てきて、私の足を見て、
「ああ、すりむけてるね。くじいたりしてない?」と聞いてきました。
「それは大丈夫」 「じゃあ風呂場に行って洗ってきなさい。そのあと消毒するから」
母が持ってきたタオルで足を押さえながら、廊下を通って風呂場に行こうとしたとき、
居間でテレビを見ていた父が急に首だけふり向いて、
「逆木だあ」って言ったんです。普段はわりと甲高い声の父でしたが、
そのときの声は低くてなんて言ったか最初はわからないくらいでした。
「え、お父さん、何?」 「え、何も言ってないぞ。それより病院行かなくてもいいのか」
「そこまでひどくないよ。大丈夫」

風呂場で傷口を洗ったんですが、薄く皮が向けているだけで強い痛みはありませんでした。
ただ、数mmほどの細かな木のささくれが、一面にくっついていたんです。
「いちおう医者に見てもらいましょ。まだ時間は早いし、やってるから」
それで、母の運転する軽トラに乗って、近くの外科に行ったんです。
小さい頃から世話になっている年寄りの先生が出てきて、
「おやまあ、たいしたことないけど、木くずはとってしまいましょう」
そう言って、ピンセットで細かな木のささくれを一つずつ抜いていって・・・
そのうちふっと意識が途切れてしまったんです。気がつくとベッドで点滴をされていて、
すごく熱っぽかったんです。両親と弟が周りにいて、心配そうに私を見ていました。
先生の話だと、ケガとは関係ない風邪の症状だろうということでしたが、
入院しても、40度近い熱がずっと下がりませんでした。

それと足の傷も治りが遅く、足首が膿んで倍近くに腫れてしまったんです。
熱が下がり、膿が出なくなると、今度はカラカラに皮膚が乾いて黒くなってきました。
それで、ここではダメだということになり、県庁所在地の大学病院に転院しました。
特にばい菌が入ったとも思えないのに、組織が少しずつ壊死してきているという説明でした。
一時は足の切断という話まで出たんですが、それはなんとかまぬがれまして、
退院することができたんですが、結局5ヶ月も入院したんです。
家族は「えらい災難だったが、とにかく治ってよかった」と喜んでいました。
これがそのときの傷跡です。いまだに黒い跡が残ってますでしょう。
しかも十字の形に見えますよね。どうしてこんなことになったのか、
ずっとわからなかったんですが、一昨年のことです。
私が自転車で転んだあの山道を、幅を広げて舗装道路にすることになったんです。

そしたら事故が続き、重機のショベルの誤作動で2人の作業員の方が亡くなったんです。
切り崩した山の斜面から、十数本の十字型に組まれた木が出てきました。
ええ、どれも鎖もせず、むしろ乾いて真っ白になっていました。
これ、たぶん私が藪の中で足をぶつけたものだと思うんです。
大学の先生が来ていろいろ調べた結果、それは江戸時代の処刑に使われた磔の木じゃないか、
ということになりました。それも、隠れキリシタンのです。
このあたりは江戸の後期頃にそうした出来事があったという記録が残っているんです。
その十字の木が掘り出されてからは、工事は事故もなく進み、
今では立派な道になっていますが、私は通らないようにしています。
これまで交通事故が起きたという話はないんですが、わからないですよね。
それこそ、さわらぬ神にたたりなしですよ。

だって、私のケガや事故のことは偶然で済むかもしれませんが、
あのとき途中で見た昔の風景、あれは絶対に説明がつかないんですよね。あと父が言った、
「逆木」という言葉も。ちらっと目に入っただけでしたが、遠くの道に見えた行列には、
馬に乗った人や、白い着物のたくさんの人がいたような気がします。
あれはもしかして、キリシタンの人たちが刑場にひかれていく場面だったんでしょうか。
でも、もしそうだとしたら、殉教者の人たちは天国に行っているはずですよね・・・
とにかく、このとこがあって以来、山や茂み、
土の出ているところが怖くてしかたがないんです。
だって、どんな由来のある、恨みがこもってるかもしれないものが埋まってるか、
わからないじゃないですか。まあこんな話なんです。
みなさんもお気をつけください。







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