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八角御堂の話

2015.12.21 (Mon)
町内にうちが檀家になってるお寺があって、
その裏手の藪を切り開いてお堂が建ってるんだが、これが八角形で、
聖徳太子建立の法隆寺の夢殿が有名だけど、あんなに大きいもんじゃない。
一角の面の幅が1mもないから、中に2m四方くらいの空間しかないはず。
もちろん法隆寺とは比べものにはならないけど、それなりに古いもので、
俺が子供の頃にはもう材木が古びて真っ黒だったな。
なんでも関東大震災と太平洋戦争のときの町内の死者を祀ってあるってことだったが、
それに関する話なんだ。断片的なことばかりで、消化不良を起こすかもしれないけど。
顕額とかもないから正式な名前はわからないが、
八角御堂(みどう)と呼ばれることが多かった。あとは年寄りなんかは「足切りさん」
と言ってたが、どういう意味なのかはよくわからない。

今はなくなったけど、お寺の境内の横にはちょっとした広場と遊具があって、
俺の子ども時分はときたまそこで仲間と遊ぶこともあったが、
足切り様にはうちのばあちゃんからも親父からも、あんまり近づくなって言われてた。
理由は教えてくれなかったけどね。これは俺だけじゃなく、
他の子らもそうだったみたいだ。みな家でそういう話をされてたんだ。
もっとも、近づくったって無理な話で、まわりを竹矢来で囲まれて出入り口もなかった。
それに扉もつねに閉まってたし、鈴やお賽銭箱もなかったな。
じゃあ打ち捨てられてるのかって言ったら、そうでもなかったんだ。
年に1度、足切り様のお祭りってのがあって、これはお神輿を担ぐとかそういうのじゃなく、
俺らは真言宗だったけど、なんと本山の高野山からたくさん偉い僧侶が来るんだ。
竹矢来を外して、お堂の前に大きな護摩壇をしつらえる。

その1日、寺の住職らも交えて大々的に法要をやるんだよ。
檀家の主だった家から代表が出て、うちは古くからその地域に住んでたから、
まだ当時健在だったじいちゃんが紋付袴を着て出ていた。
じいちゃんは町会議員で、議長まで務めた人だったから。
ただ、親父は郵便局の職員で、じいちゃんが死んでからは呼ばれることはなくなった。
これはもしかしたら、じいちゃんの死の顛末と関係があるのかもしれないが、
俺はいまだに詳しい話はされたことがない。
その法要の様子は、まあ外でやるんだから秘密というわけじゃない。
これまで数回、人の後ろから見たことがあるけど、
正面の扉が開けられていて、護摩壇の後ろに内部がちらっと見えた。
中にはロウソクが立ててあって、床には一面に、ヌイグルミとか人形が置かれていた。

だけど人形供養ってわけでもないみたいだった。
今、人形供養で有名になってるお寺があるだろ。ああいうところは供養料をとって、
全国から人形が送られてくるんだろうが、そうことはしてなかったはずだ。
だからもしかしたら、小さい女の子が祀られているのかもしれない。
そう考えられる節はいろいろあるんだよ。
俺の子ども時分には、夕暮れ時に足切り様の近くを通ると女の子の泣き声がする、
なんて噂があったんだ。聞いたことはあると思う。
小学校6年のときかな。それくらいの年頃だと、だんだん怖い噂とか信じなくなってくるだろ。
だから仲間の何人かと、肝試しのノリで6時過ぎまで足切り様の近くにいたことがあるんだ。
けど、寺の住職はもちろん、大人に見つかると怒られるから、
御堂の裏手に回って、そこはゆるい崖になってるだが、竹矢来にしがみついてた。

10月頃だったから、6時だともう暗い。最初のうちは少し怖かったけど、
何も起きないんでだんだんバカバカしくなってきた。
けど自分から「もう帰ろうぜ」って言うと、怖がりだって言われるかもしれないんで、
みな我慢比べみたいになって矢来にひっついてたんだ。
そしたら、かすかに子どもの泣き声みたいなのが聞こえてきた。
でもまわりに人がいないのはわかってたし、まさかお堂の中にもいるはずはない。
だから、仲間の誰かが怖がらせようと思ってたってるんだと思った。
で、わざと平気な風に「誰だよ、嘘泣きしてるの」って言ってみた。
そのとき仲間は俺を入れて4人だったが、全員の顔を見ても泣き真似をしてるやつはいなかった。
それでも泣き声は聞こえてきて、それがだんだん痛がってるような感じに変わってきた。
「もう逃げよう」そう考えていると、ギギギギって正面のほうで音がした。

扉が開いてきてるんだと思った。「ああ、ヤバイ」俺らは裏手にいるから、
逃げるには正面を回らなくちゃならない。
けど、それが怖くて一人が一気に崖下に飛び降りたんだ。
ゆるい坂だから落ちるわけじゃないが、下は道もない藪だった。
一人がそうするとあとは集団心理で、全員がその崖を降りて下の道まで逃げたんだよ。
全員、草や小枝で引っかき傷ができたり服が破れたりしてたな。
この崖の藪だけど、俺が高校生のときに人の死体が見つかったんだよ。
ただし事件というわけでじゃなかった。体にはとくに傷などもなく、
死因は心臓関係だろうと言われてたな。急に具合が悪くなって、
お堂の近くから下に転落したんだろうって。これだけならたいしたことでじゃないんだろうが、
その亡くなった人の身元が後でわかって、なんと検察庁の捜査官だったんだよ。

なんでこんなとこに来てたのかはわからない。当時、大きな事件があったということもないし、
こっちには親戚とかの身寄りがいるわけでもなかったんだ。
最後に、4年前に俺のじいちゃんが亡くなったときのことを話すよ。
この足切り様の御堂の前で発見されたんだ。
俺は高校卒業と同時に地元で就職したが、そのあたりからじいちゃんがボケ始めた。
家には母親が主婦としていて、介護をしてたんだけど、
ちょっと目を離すといなくなる。近所を探しても見つからない。
そういうときは警察に連絡するよりないよな。2回、地元の警察から夜中に電話があって、
見つけてもらったじいちゃんを親父が引き取りにいった。
話では、とくに行くあてがあるわけじゃなく、町内をぐるぐると徘徊していたらしい。
で、ボケたせいか、じいちゃんは足切り様の法要に呼ばれることがなくなった。

家族で何度も話をして、じいちゃんは申しわけないけど老人ホームに入れるしかない、
こう話がまとまりかけた矢先、またじいちゃんがいなくなったんだ。
6時過ぎまで家族で探して、見つからないんで警察に連絡した。
で、警察から連絡がきたのが11時過ぎ。病院に搬送されているということで、
家族全員で駆けつけたんだが、そのときにはもう亡くなっていたんだな。
医者の話では急な脳の発作だということで、解剖などはなかったんだ。
その後警察官から、じいちゃんがお御堂の竹矢来に背中でもたれるように倒れていた、
という発見したときの事情を聞かせてもらった。
そのときには財布など持ち物は一切なく、片足はサンダル、片足は裸足だったようだ。
それと、「片手にこれを持ってました」って見せられたのが、
くしゃくしゃになった新聞のチラシみたいなもので、開いてみると・・・

ほら、行方不明の子どもの、見つけてくださいっていう張り紙があるだろ、
電信柱に貼ったりしてるやつ。あれだったんだよ。
その子の名前は伏せておくけど、行方不明になったのが12年前で、
場所は俺の町から60kmくらい離れた県内の市だった。女の子でその当時4歳。
なんでじいちゃんがそんなものを持ってたのか不思議だったが、
まあボケた人の行動ということで、警察ではとくに問題視してないようだった。
たまたまどっから剥がしたのかもしれないって。でもその貼り紙は、
俺は町内では一度も見たことがなかった。あと、なんで足切り様のところで倒れてたかだが、
これはじいちゃんがお寺に何度も足を運んでて、無意識のうちに足が向いたんだろうって。
確かに、何十年も足切り様の法要には参加してたからそうかもしれないけど、
釈然としないというか、気になることがいろいろあるんだよな。







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