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蚕の夢の話

2020.04.20 (Mon)
bigbossmanです。みなさんはよく夢を見られるほうですか?
自分はあまり見ません。寝て起きるとすぐ朝になっているという
感じです。占星術師なので、晴れていれば夜中に天測をします。
ですから、まとまった睡眠時間は取れないので、そのことと関係が
あるのかもしれません。今回もまた、実業家にして霊能者であるKさんと、
大阪市内のバーで一杯やりながらうかがった話です。
「なあ、bigbossman。夢というのは何のために見るんだ?」
「そうですね、心理学と脳生理学の分野から研究されて、
 いろいろなことがわかってきています。ただ、一番の問題である
 何のためにということは、決定的な結論は出てないみたいですね。」
「でも、仮説はあるんだろ」 「はい。よく言われるのは、昼に起きた

 出来事を整理するためということです。人間、生きてれば楽しいことも
 嫌なこともありますよね。その形を整え、記憶として脳に
 取り込みやすくする」 「ふうん、じゃあ、俺らの記憶ってのは、
 現実と違うってことか」 「いや、そういうわけじゃなく、
 重要な事実が書き換えられることはありません。うーん、どう説明
 したらいいですかね。あ、精神的勝利って言葉がありますよね。
 ひどい目に遭ったとしても、その結果を心の中で都合よく解釈して
 自分の勝利として納得することです。中国の作家 魯迅が「阿Q正伝」
 という作品で書いてますが、それと似たことが夢の中で起きてる」
「わかったようなわからないような話だな。じゃあ、大勢の人間が
 同じ夢を見るなんてことはあるか?」 「うーん、あると思いますよ。

 それ、精神科医のユングという人が言い出した集合的無意識に関係してる
 みたいです。人間一人ひとり、個性や立場は違っていても、
 心のなかには共通した領域がある。それをユングは集合的無意識と呼んだ。
 例えば、男の子だったらいつか父親を乗り越えて独立していかなくちゃ
 ならないですよね。それが怪物と戦って倒す夢となって現れるとか」
「ああ、何となくわかる気はする」 「あとまあ、世間に起きてる
 出来事に影響されることはあると思います。今、世界はコロナウイルス
 流行の騒ぎで一色でしょ。ですから、各国の心理学者の共同研究で、
 悪夢を見る人が増えているという統計結果が出てます。ウイルスは目に
 見えないし、いつ自分を襲ってくるかわからない恐怖がありますから」
「なるほど、それもそうだろうな」 「何か夢に関した事件を

 解決されてるんですね。聞かせてくださいよ」 「いいけど、最近のこと
 じゃないからな」 「お願いします」 「あれは、だいぶ前の話だ。
 昭和の40年代。山間に人口1500人くらいの村があった。
 今はもう市町村合併でなくなったが。その村は良田がなく、江戸時代以前から
 養蚕で暮らしを立ててた。養蚕ってわかるか」 「それくらいわかりますよ。
 蚕を飼って絹糸を取るんでしょ」 「そうだ。でな、蚕は一部を
 のぞいて繭玉のときに煮てしまうだろ。殺生なわけだ。
 だから、村の奥にはオカイコサマをお祀りする古い神社があった」
「はい」 「ところが、村の暮らしは退屈だし、現金収入も多くはない。
 それで、若者がどんどん都会へ出ていってしまう」 「はい」
「そんなときに、村を突っ切って流れる渓流の水源をダムにしないかという
 
 話が持ち上がった」 「ああ、時代を感じますね。昔はその手の話は
 よく聞きました」 「それが実現すると、村はダム湖の底に沈んでしまうが、
 かなりの額の補償金が出る。引っ越して商売を始められるくらいのな」
「はい」 「当然、賛成する者と反対する者が出てくる。村の年寄は
 大方が反対。これは環境保護がどうこうということではなく、
 生まれ育った土地を捨てられないという思いだ」 「うーん、そうでしょうね」
「いっぽう、村で養蚕を生業にしていない者、あるいは養蚕農家でも
 若い世代はダム建設に賛成した。このまま山の中で朽ち果てていくより、
 街に出て一旗揚げたい。仮に失敗したとしても、そこには希望がある」
「ああ、それもわかります」 「ということで、村を二分して
 大揉めに揉めたわけだ」 「で、どっちが優勢でした?」

「ダム建設賛成派がやや有利ってとこだったが、その差はほんのわずか。
 そのうちに村長選挙の時期が来て、どちらの陣も候補を立てた」
「もとからの村長は?」 「70歳を過ぎてたんで引退したんだ」
「ああ、で?」 「村に数本しかない舗装道路を選挙カーが走り回り、
 家族でも賛成と反対に分かれる家があったりして、村中がとげとげしい
 雰囲気になってきた」 「で?」 「その最中に、夢をみる人が増えて
 きたんだよ」 「どんな」 「最初に見たのが誰かはわからない。
 蚕神社の神主だったとも、引退した村長だったとも言われてる」
「はい」 「自分が夜、蚕神社の境内に立っている夢。神社の社殿の
 後ろ側に大きな白いものがある」 「繭ですか」 「そうだ。
 はあ、でかいと思って見ていると、繭の上辺がほころび始め、

 繭の大きさに釣り合った巨大な蛾が産まれ出る」 「うわ、モスラ」
「こら、茶化すんじゃない。映画のモスラほどは大きくはないが、
 それでも人間の3~4倍はあったそうだ。それが立って見ている
 自分にぶわっと白い鱗粉をかけ、夜空に飛んで消えていく」
「うーん」 「どっちの陣営も選挙本部に集まるだろ。そのときに
 夢の話をする者が出てきて、あ、俺も見た、同じものを見たと
 皆が口々に言う。後で俺が調べたところでは、村の有権者の
 7~8割が同じ夢を見ている」 「1000人近いですよね」
「ああ。その話は、両派の間で持ちきりだったが、解釈が難しい。
 ダム賛成派は、あれはオカイコサマがこの地を離れるのだから、
 建設に賛成されていなさるとなったし、

 反対派は、そもそもダム建設に反対だから御神体が姿をお見せに
 なったのだと言う」 「うーん、たしかに、どっちの言い分も
 わからないことはありません」 「で、投票日まで1週間ほどのときに
 俺に調べてほしいと連絡が来た。依頼者は村の長老の一人だが、ダム建設に
 関しては中立。その殺気立った雰囲気の中に入っていったわけよ」
「大変でしたね」 「もちろん、俺も中立の立場で聞き取りはしたんだが、
 しょせん他所者だしな」 「で?」 「ダム賛成派の夢は、どの人も
 みな同じだったんだが、反対派の中に何人か・・・俺が調べた
 かぎりでは壮年の者が7人、飛び立つオカイコサマの翅が白ではなく、
 真っ赤だったという者がいたんだ。まあ、全員にはあたれなかったから、
 数はもう少し多かっただろう」 「どういうことです?」

「いや、そのときは俺にもわからなかったが、たぶんよくないこと
 だろうとは考えてた。聞いた話では、夢の中で真っ赤な蚕が頭上を
 飛び去るとき、鱗粉を浴びて全身が赤く染まったってことだったから」
「で?」 「投票日を2日後に控えた真夜中、賛成派の候補者の家が
 火事になったんだ。高台に一軒だけある昔の農家の屋敷」
「う」 「そういう場所だから消防車が近づけず、朝まで家は燃え続け、
 後に、一家5人と使用人2人の遺体が焼け跡から見つかった」
「うう」 「黒焦げだったか、そのうちの何人かに頭を割られた痕跡が
 見つかり、県警が入って殺人事件として捜査をした。
 これは大きな事件で新聞にも載ったから、当時のものを探せばすぐに
 見つかるはずだ」 「・・・どうなったんですか」

「捜査は難航したが、最終的に反対派の者が3名、放火殺人の容疑で
 逮捕され、裁判で有罪になった。その3人は赤い蚕を夢で見ている」
「ちょっと待ってください。Kさんが見つけただけで7人なんでしょ」
「そこはよくわからんが、夢を見ても行動を起こさなかった者がいるんだろう」
「で、選挙は?」 「延期になったものの、新しい候補者が見つからず、
 反対派の勝ちになった。結局、ダム建設は行われなかったんだ」
「うーん、すごい話ですね。それから」 「でな、養蚕のほうもダメになって
 しまったんだ。次の年、蚕の幼虫に病気が流行ってほとんどが死んだ。
 次の年も同じ。その村はダムもできず、養蚕も成り立たずでどんどん人が
 減っていき、3年目、オカイコサマの神社が不審火で焼けたが死傷者はなし。
 ただ、そのとき残った村の者の多くが、また同じ夢を見たということだよ」



 


白い犬とバンの話

2020.04.13 (Mon)
※ 骨董屋シリーズです。

あ、どうもどうも、またまた来させてもらいました。
引退した骨董屋です。今回もね、じつに奇妙な話があったんです。
奇妙なだけじゃなく、後味も悪い。それを話したくてやって
まいりました。ええ、じゃあ、さっそく始めさせていただきます。
1ヶ月ばかり前です。昔から知り合いの同業者から電話が
かかってきまして。そいつはね、年の頃は私と同じぐらいなんですが、
まだ現役でやってるんです。しばらく音沙汰がなかったので、
何だろうと思いましたが、一方、手に負えない物をつかまされての
相談かとも考えたんです。いや、目利きは悪くないんですよ。
でなきゃ、この商売、長年はできない。この同業者、「夢」として
おきましょう。爺さんなんですが、店の屋号が夢刻堂っていうので。

で、目利きはできるものの、曰くつきの品にはとんと弱い。
ええ、いわゆる霊障のある古物ってことで。その手のことに関しては、
昔からよく相談を受けてたんです。話を聞いてみたら案の定、
その類だったんですが、ただ、物というのが・・・
「それで、今回はどういう物をつかまされたのかね」 
「いやあ、私用で買ったんだよ。古物じゃなくて中古車」 
「ええ! そりゃ無理だ。中古車は骨董じゃないし、俺に聞かれても
 何もわからん」 「まあ、値打ちとかに関しちゃそうだろうが、
 あんたは怖いものの処理には長けてるだろ、だから」 「うーん、
 じゃあ、話だけでも聞かせてもらおうか」こんなやりとりがありまして。
「バンだよ、日産の5人乗りバン。中古で買ったんだ。

 仕事で使おうと思って」 「ははあ、年式と値段は?」
「7年落ちが車検付きで40万」 「まあまあだな。走りは?」
「問題ない。年式のわりに走行距離が少ないし、仕事で使う分には
 いい車なんだが・・・」 「だが?」 私らはほら、市で競ったり、
個人宅から買わせていただいた古物を運ぶのに、商用バンは必需品なんです。
私も現役の頃はもっぱら中古でした。「それがなあ、自分一人しか
 乗ってないのに、後部座席に犬がいるって言われるんだ。
 それも複数人から」 「犬?! ふうん、珍しい話だなあ」
「最初は家族、孫が来てたんだが、家の駐車場に停めてあったその車の、
 後のウインドウに手を振ったんだよ。もちろん中は無人」 「んで?」 
「誰にバイバイしてるんだいって聞いたら、わんわんだよって言う。

 かなり大きい、白いわんわんだったみたいだ。それで、孫を抱き上げて
 車の後部ドアを開けて見せた。何もいないだろうってね」
「そしたら」 「孫は首をかしげてたが、いないねって」 「うむ」
「それからしばらくして、一人で運転して古物市に行ったんだよ。
 後部座席は倒して、荷室には段ボール箱を積んでね」 「で?」
「そしたら、会場の会館の前に知り合いが何人かたむろしてたのが、
 俺が車を停めて駐車場から戻ってくると、あれ夢さん、犬、
 飼い始めたんですかって。いやもちろん、さっき言ったとおり、
 生き物は乗せちゃいない。ここで、孫のことを思い出し、
 どんな犬だったって聞いてみた」 「そしたら?」
「白い大型犬だって、孫と同んなじ答えが返ってきた」

「車のガラスにはフィルムが貼ってあるんだろ」 
「ああ、けど、商用車だし色は薄い。白いものなら見えるだろう」
「で?」 「気味悪いなあと思ってね。それから2週間のうちに
 同じことを別のやつに言われたし、それで、あんたのとこに
 相談したわけ」 「うーん、まあ見るだけは見てみるが。
 その車、どこで買ったんだい?」 「ネットの中古屋だ。
 希望の車種や値段を調べて、全国から取り寄せてくれる」
「ああ、じゃあ、前のオーナーとか、そういうことはわからんか」
「持ち主は俺で4人目らしい。でな、事故車ではないって強調してた。
 修理した記録は一切ないって」 「ふーん、調べてみるから
 時間あるときに、俺のとこに持ってきてくれ」それでね、来たのが

白いバンです。1500ccで、外装はバンパーにちょっとした傷が
あるくらい。中は大きな汚れはなし。少し乗って走ってみましたが、
立派なもんでしたよ。7年落ちとは言っても、今の車は10年
以上乗れますからね。ハンドルから手を離してもみました。
もし事故車なら、どうしてもフレームにゆがみが来ますから、
軌道がブレたりするんですが、そういうこともなし。2時間ほど
車内にいても、犬の気なんてありませんでした。それでね、
物好きだと思われるかもしれませんが、夜、車の中で寝ることに
したんです。後部座席をたためば、横になるスペースはできます。
エンジンはかけてません。もうすぐ5月ですから、寒いってことはない。
一晩目、二晩目は何もなしでしたが、3日目の夜です。

さすがにね、背中が痛くなってきてたんで、これで何もなかったら
もうやめようと思ってたんですが。夜中に暑くて目を覚ましました。
体中汗をかいてる。それとね、金縛りになってたんです。
あのせまいとこで体が動かないんで、まいったなあと思ってると、
胸の上に白いものが現れたんです。白いボサボサの毛の塊。
ははあ、犬ってのはこれかと思ったんですが、その塊が「熱いい」
ってしゃべったんです、しわがれた人間の声で。 「!?」でね、
その塊がずずっと上にあがってって、婆さんの顔が出てきて・・・
婆さんは顔からポタポタ汗のしずくを垂らしながら、
「熱い、あうう、熱いいい」のしかかられながらも、私は何とか
体動かそうとしてましたが、指先が動いたんでバン、バンと

車の内側を叩くようにして荷室の電気をつけたんです。その瞬間、
婆さんはふうっと消えて、車の中には私がいるだけ。
ただね、けっして暑い季節じゃないのに、夢で見たとおり、
体に大汗をかいてたんですよ。こりゃただごとじゃないって思いました。
あの婆さん、間違いなく死んでる、しかも強い苦しみの念を持って。
私では手に負えないと思いました。それでね、知り合いにKさんっていう
霊能者がいるんです。いや、専門にやってるんじゃなく、
表の顔はバリバリの実業家ですよ。年は私より20ほども若い。
Kさんとは、曰くつきの古物の件で何度かお世話になってるんです。
翌日、電話で連絡して事情を話し、車をあずかってもらうことに
しました。で、もしできるならば除霊もお願いしたんです。

ここからはKさんの話です。Kさんは、2つのことをやったんです。
まず、ご自身で車の中を霊視した。そしたらたしかに霊が憑いてる。
犬じゃなく婆さんです。その車の中で死んだのも間違いない。
とにかく、心の中が熱い、熱い、それでいっぱいになってて。
婆さんを祓うのは難しくはないが、何で亡くなったのか、
事情を明らかにしたい。それで、車の前の持ち主を調べたら、
初代のオーナー、つまりその車を新車で買った一家の婆さんが、
車の中で熱中症で死んでたんです。同居してた息子夫婦と買い物に行き、
婆さんは駐車場の車に一人残ってたんですね。7年前の7月のことです。
そして、自分でドアや窓を開けたりできないまま、中で汗まみれになって
亡くなった。警察は事件性を疑ったようです。婆さんにはけっこうな額の

保険金がかけられてたみたいですから。ですが、息子夫婦の買い物は
30分もかかってないし、車をオートロックにしてたわけでもない。
つまり婆さんは自力で車から出られたはずなんです。結局、司法解剖までには
至らなかったんですね。不幸な事故として警察は処理した。ここまでわかって、
Kさんは婆さんを浄霊したと言ってました。それから、さまざまな手を使って
息子夫婦を自白させた。気温の高い日をねらって婆さんを連れ出し、婆さんの
常用してた睡眠薬を食べ物に混ぜて眠らせ、車に放置。もちろんヒーター全開の上、
ポータブルのガスヒーターまで持ち込んでね。自分らが発見者なわけですから、
証拠隠滅は容易ですよ。死亡を確認し。すべて片づけてから救急車を呼んだ。
まあ、こんな話でね。婆さんを先に成仏させたのは、実の息子が逮捕されるのを
知られたくなかったからだと言ってました。ねえ・・・嫌な話でしょう。




 
 

秘密基地のテレビの話

2020.04.10 (Fri)
こんばんは、宮田ともうしまして、中古車販売の会社を
やっております。今から話しますことは、私が小学校6年生のとき
ですから、もう40年以上前の出来事になります。
当時・・・野間という友だちがいまして、家が近所でしたので、
幼稚園の頃から知ってて、いつもいっしょに遊んでました。
ええ、親友と言ってよいと思います。で、6年に進級した4月、
野間が塾に行くことになったんです。進学塾です。
野間は私と違って頭がよく、成績はつねにトップクラスで、
両親が私立の中学に進ませたがっていたんです。
それに対し、私はせいぜいが中の上でしたし、家も父親が普通の
会社員でしたから、公立中学に行くつもりでいました。

これはけっして、野間がうらやましかったということではなく、
ずっと兄弟のようにして過ごしてきたのが、遊ぶ機会がなくなって
残念だと思って・・・私は思い切って、両親に野間といっしょの塾に
行きたいって言ってみたんですよ。そしたら、父は大人に話すように、
少し考えさせてくれと答え、数日後の夕食のときに、
行ってもいいって言われたんです。お前がそうしたいなら、
私立の中学でもかまわないが、ただし絶対合格できるっていう
成績が取れたらだぞ、って。まあ、こんな事情で、新年度から、
放課後は野間といっしょに塾に通い始めました。その塾は
小学校よりも遠く、週4日で、社会以外の全教科を教えてました。
時間は5時から7時までで、学校が終わったらそのまま行ったんです。

ですから、行くときはいつも野間といっしょで、帰りは親が迎えに来る。
塾は場所のせいもあって、他の小学校の生徒が多かったです。
で、その塾に行く途中、林の中を通っていく近道があったんです。
大きな運動公園になってる山があって、そのふもとの林道。
道はせまく、車は通れるけど、通ってるのは見たことがありませんでした。
街灯もなく、もし大人が知ってたら、そこは通るなと言われたと思います。
あれは5月、先生方の研究会かなんかで、午後の2時過ぎに学校が
終わったときのことです。いったん家に戻ってもよかったんですが、
野間が「なあ、あの林道の道な、コンテナみたいなのが落ちてる
 じゃないか。あれ、ちゃんと立てて、僕らの秘密基地にしないか」
こんなことを言い出しました。はい、林道の脇の木の中に、

四角い金属製の大きなものが傾いた状態で置いてあったんです。
今思えば、コンテナではなく簡易型の物置でしたね。
どうしてそんなとこに置いてるのかわかりませんでしたが、
不法投棄だったのかもしれません。それで、そのときにいっしょに
見てみたんです。斜面にあるので傾いてましたが、上下はそのままでした。
子ども2人でも押して動くほど軽かったです。扉がついてて、
開けてみると、中は金属の角パイプにトタンを張った状態で、
畳2畳ほどの広さがありました。それを、草の上をずりずり押し動かして、
平らなとこまで移動しました。入ってるものはなく、
窓もありませんので、扉を閉めると真っ暗にまります。それとね、
トタンですから5月でも中は強烈に暑かったですね。

でも、私も野間も大満足でしたよ。ねえ、男の子どもって、そういうのに
あこがれるものじゃないですか。「下に敷物がいるな、今度のとき、
 家から何か持ってくる」 「あ、じゃあ僕はマンガ持ってくるよ」
こんなことを言い合って、すごくワクワクしてたんです。
ふだん塾に行くときは時間がないけど、道々見ることができるし、
次の日曜は昼からずっとそこで過ごそうって話になりました。
で、塾に行ってからもその話をしてたんです。そのときは理科の
プリントをやってたんですが、小さい声で話してると、
後ろから「へええ、秘密基地か、いいなあ」って声がして、
驚いてふり向くと、油井先生が立ってたんです。油井先生は、
塾の理科の先生で、齢はそうですね、30代くらいだったでしょうか。

すごく顔が小さくて髪はオールバック、大きくて分厚いネガネをかけてて、
どことなく爬虫類みたいな印象がありました。怒られるか、と思いましたが、
「秘密基地の場所はどこ?」と聞かれたので、正直に答えました。
そしたら「ああ、あそこの林道は知ってる。そのコンテナ、鍵がついてて
 中に閉じ込められたりしないよね」 「大丈夫です」
「じゃあ危険はないか。そうだ、じゃあ先生が秘密基地に、うちであまってる
 テレビを寄付しよう」こんなことを言い出したんです。
私が「あ、でも先生、電源ってないですよ。テレビがあっても見られません」
そう言うと「ああ、そうかあ。じゃあ、中にバッテリーを入れておくよ。
 先生、そういう機械いじりは得意だから。明日は塾休みだし、
 車で運んでおくから」 「ありがとうございます」

でもこれも、今から考えると変ですよね。当時は車のバッテリーでも
性能は低く、発電機でもないかぎり、長時間テレビが見られるなんてことは
なかったと思います。で、次の塾の日に野間と林道を通り、
基地の中を見たら、奥に昔の小さめテレビが置いてあったんです。
「あ、先生、約束を守ってくれたんだな」 「塾でお礼をしよう」
スイッチを入れたらテレビはつきました。室内アンテナなので映りは
悪かったですが、ちゃんとその時間帯の番組をやってたんです。
ですが、塾に行ってみたら、その日 油井先生はお休みで、他の先生に
聞いたら、具合が悪いという連絡があったってことでした。
で、待っていた日曜日になったんです。親には、お互いの家で
勉強すると嘘をついて、リュックにはマンガを入れて落ち合い、

林道の秘密基地に向かいました。時間は2時過ぎで、そのときは
曇り空でしたけど、雨になりそうな様子はなかったんです。
基地について、さっそく野間が持ってきたブルーシートを広げて
寝そべりました。油井先生のテレビをつけてみたんですが、
最初にパッと明るくなっただけで、その後は映りませんでした。
「ああ、やっぱバッテリーじゃダメだよな」 「機械が得意って
 言ってたけど、さすがに無理だよね。次、塾に行ったときに
 映らなくなったって言おう」それから1時間くらいいろんなことを
話し、飽きてきたのでマンガを交換して読んでたんです。
5月にしては気温の低い日だったんですが、4時頃にポツンポツンと
雨が降り出し、あっという間に土砂降りになったんです。

「わー困ったな、これじゃあ帰れないや」家までは30分は
かかるので、その間にびしょ濡れになってしまいます。野間が扉から
顔を出し、「空はそんなに暗くない。そのうち晴れるんじゃないか」
でも、雨はますます激しく、草の斜面を流れ落ちるまでになりました。
今でいう、ゲリラ豪雨ってやつだったと思います。
それだけじゃなく、ピカッ、ドーンと雷が鳴り出しました。
「うわわ、近いぞ」 「この基地、金属だし、落ちるんじゃないか」
「大丈夫だろ、木のほうが高い」 「やまなかったらどうする?」
「濡れるのを覚悟で走るしかない」こう言い合っていると、
次に稲妻が光ったタイミングで、基地の中が青くなったんです。
テレビがついてました。でも、映ってるのは青い画面だけ。

「あ、こりゃいいや。番組が映らなくても明るくなる」 開けてた扉から
強い雨が入ってきてたので、数cmだけ残して閉めました。
そのとき、テレビに私らの基地の外が映ったんです。すごくはっきりと。
「えっ??」 そんなはずないですよね。誰かがテレビカメラで
撮ってそのテレビに中継してるなんてありえない。画面を見てると、
雨の中を、人が基地に向かって傘もささず歩いてきます。
油井先生だと思いました。顔に、濡れた髪が張りついてましたが、
メガネでわかりました。「え、え、どういうこと? ここの前に油井先生が
 来てる?」 「そんなバカな」急に油井先生の顔が大写しになりました。
油井先生は首のあたりに両手をかけ、下から上にゆっくりと顔を
めくっていきます。ネガネが下に落ち、出てきたのはトカゲの頭でした。

「うわあああ」 「ここの前にいる!」ドガーン、強い衝撃がありました。
近くに雷が落ちたんだと思います。そこで私は気を失い、どのくらいたった
でしょうか。気がつくと脇に野間がうつ伏せに倒れてました。
雨はやみ、外は明るくなってるようでした。野間を揺すると目を覚ましたので、
2人でおそるおそる扉を開けると、外には何もいなかったんです。
あと、テレビのブラウン管が黒く煤けたようになってましたね。
私たちは転げるように走って家に戻りました。まあ、こういう話なんです。
親には基地のことはバレず、怒られませんでした。次に塾に行くと、
理科は別の先生になってて、油井先生は辞められたと聞かされたんです。
この後、私は結局公立中に行き、私立に行った野間とは疎遠になりました。
野間は東大から政府の宇宙科学研究所に進み、今はそこのトップなんです。








山の怖い話

2020.03.30 (Mon)
bigbossmanです。みなさんは山へ行かれるでしょうか。
自分は登山の趣味はありませんが、10年ほど前までは渓流釣りを
していたので、沢を登ったりすることはありました。
さて、山の怖い話というと、怪談の中でも一つのジャンルを形成
しています。もちろん山は怖いですが、それは実際に遭難する
怖さですよね。ちなみに、去年1年間で山で遭難した人は約3100人。
遭難死が350人ほど。日本全体の死亡者が140万人くらいですから、
それからすればわずかな数と言えます。では、山は霊的に怖いんでしょうか。
ここも難しいところです。例えば単位面積あたりの死者は
都会のほうが何百倍も多い。もし幽霊がいるとして、山で遭遇する
確率はかなり低いはずですよね。このあたりのことは昔から疑問でした。

そこで今回は、高卒で某県の営林署に採用後、40年間山の現場で過ごして、
退職されたばかりのAさんに、そのあたりのことをインタビューさせて
いただきました。Aさんには、この場であらためて御礼を言わせて
いただきます。ありがとうございました。場所は、東京のスポーツバーです。
「じゃあ、さっそく伺いますけど、山って怖い場所ですか?」
「うーん、冬場は間違いなく怖いよ。吹雪で視界がきかなくなったり、
 いつツルッといくかわかんないし、夏ならなんでもない山でも
 死と隣り合わせの場所に変わる」 「あ、そうでしょうねえ」
「それとね、これは山が怖いとはちょっと違うけど、知識のない人は怖い」
「山の素人ってことですか」 「そう、日帰りハイキングでもね、
 高尾山だって遭難する人はいるから。知識と装備は大切」

「なるほど、登山人口が増えるとともに、そういう人も多くなった」
「うん」 「それでですね、じつは自分は、オカルト・・・幽霊なんかの
 研究をしてるんです。そういう意味での怖い話ってありますか」
「山で幽霊を見たかってこと?」 「はい」 「いやそれはない。
 遭難死した人の遺体を運んだことあるし、遺体と山小屋に泊まった
 こともあるけど、はっきりした幽霊は見たことないな」
「ああ」 「ごめんね、期待にそえなくて」 「いやいや、いいんです。
 あの、自分も前はよく山に行ったんですが、絶対に人がいるはずの
 ないとこで、笑い声とか歌みたいなのが聞こえたりしませんか」
「それはあるよ。私も最初は不思議だったけど、どうやら風みたいだね。
 風に乗って遠くの声が聞こえてくる。ほとんどの場合、

 低地の声が上昇気流で上に昇ってくるみたい」 「ははあ」
「まあ、科学的に証明できることじゃないけど」 「あとですね、ヒダル神って
 ご存知ですか?」 「いや、知らない」 「あの、山を登ってるとき、
 急にお腹が空いて動けなくなったりする」 「ああ、それはハンガーノックの
 ことだろう。長時間激しく動いてて極度の低血糖になる」
「医学的なものなんですね」 「うん、山登りだと、大学の山岳部の新人訓練で
 入ったばかりの子がなることがあるね。要は自分のペースで登れてないとき。
 ある程度慣れてくれば、この計画だったら食事は何カロリー必要か、
 計算しなくてもだいたいわかるし、私はなったことがないね」
「ヒダル神は餓鬼が取り憑くので、そうなったときのために弁当を少し
 残しておくなんて話もあります」 「アメやチョコなんかはいつも持ってるけど」

「なるほど、じゃあ、これまで怖い目に遭ったことはない?」
「うーん、40年も山で過ごしてきたから、怖いというか不思議なことは
 いくつかある」 「あ、ぜひお聞かせください」 「私が署に入った頃は、
 それこそ豪傑みたいな先輩がたくさんいてね。戦争をくぐってきた人たち。
 酒は一升じゃきかないくらい飲むし。けどね、化け物みたいな体力があったなあ」
「なんとなく想像できます」 「でね、中村さんって先輩がいて、私が
 20歳のときに50代だった。その人がね、木の声が聞けたんだ」
「木の声?」 「そう。といっても木がしゃべるってことじゃなく、
 こう、木の肌に手をあててね、すると木が考えてることがわかるらしい」
「木って考えるんですか?」 「いや、知らんけど中村さんはそう言ってたし、
 実際にそれで遭難者見つけたり」 「遭難者?」

「そう、私らの仕事とは違うんだけど、管轄してる山で山菜採り、キノコ採りの人が
 遭難したら駆り出されるわけ。そんなとき、中村さんと組むと高確率で
 見つけてしまうんだ」 「見つけてしまう」 「そう。中村さんは
 道々で木に手をあてて、そのうち人が倒れてるとこに行きあたる」
「木に聞いてる?」 「そうみたい。私はまったくできなかった」
「どんな木でもいいんですか」 「うーん、まず手のひら全体をあてられる
 太さのある木。あとね・・・松とかああいう皮の固い木ではあんまり
 やってなかったな。ブナなんかが多かった」 「ははあ」
「いつだったか、中村さんが何気なく木に手をあて、それから血相を
 変えて駐在を呼んできて、藪の斜面を掘ったことがあった」 「で?」
「どんぴしゃで その場所から出てきたんだよ。遭難じゃなく、殺人の被害者」

「うわ」 「なにしろピンポイントだったから、信じないわけにいかんのよ」
「それ、まさか中村さんが埋めたんじゃないですよね」 「まさかまさか。
 東京のヤクザ者の抗争だったらしいね」 「うーん、すごい話です。
 Aさんご自身では、何かないんですか」 「そうだな、じゃあこの話するか。
 けど、どういうことなのか説明とかはできないから。
 あれは私が30代はじめの頃、秋口だったな。紅葉が始まる前。
 一人で山登ってたけど、そこは里山で危険も何もない。測量してる仲間に
 合流するとこだったの。のんびり歩いてたら、道脇の木の陰に
 白いものが見えた。何だろうと立ち止まると、神主さんなんだよ、
 黒い烏帽子をつけた。変だなあと思って見てたら、神主さんが一人で
 着物にたすきをかけて、手斧で枝を払ってたんだ」

「で?」 「長く伸びた横枝が一本むき出しになって、神主さんは下に
 置いてあった縄をそれにかけたんだよ」 「で?」
「これが国有林だったら何してるか訊くんだけど、私有地だったし、
 神社で何かに使うのかと思った。まあでも、どうしましたか?って
 声はかけた」 「で?」 「そしたら木の間で振り向いてこっち見たんだけど、
 その顔が真っ黒でね」 「黒い?」 「黒人さんってことじゃないよ。
 そうだなあ、かぶってる烏帽子よりも黒い、穴みたいな顔」
「穴」 「そうとしか言いようがなかった。でね、それ見て私、
 思わず神社でするみたいに拝んじゃったの。両手合わせて。
「で?」 「そこから記憶がないのよ。気がついたらその場所を過ぎた
 山道を登ってて」 「その後は?」 「仲間と合流してからも、

 そのことは言わなかった。何でなのかなあ、口から出なかった」
「で?」 「仕事が終わって、日が暮れる前に山を降りようってことで、
 皆で下ってたら、さっきの場所に今度は赤いものが見えた。
 女の人が首を吊ってたのよ」 「う」 「こりゃ大変だって、当時は
 携帯なんてなかったから、一人が駐在のとこに走って、
 残りで木に駆け寄った。まだ生きてるなら助けなきゃいけない。
 でも、完全に死んでた。目がぐるっと裏返って真っ赤に充血しててね」
「どうしました?」 「駐在が医者といっしょ来るまでその場で待ってた。
 事情を聞かれたけど、そんときも神主の話はしなかったよ。
 できなかったって感じ」 「それは怖い話ですねえ。その女の人は?」
「後でわかったとこでは、麓の集落の若い娘さんで、まだ20代だった。

 東京で就職したのが、仕事が上手く合わなくて実家に戻ってきてた
 みたいだな。結局、自殺ってことになった」 「うーん、まだありますか」
「・・・あるけど、信じちゃもらえないだろうな」 「ぜひ」
「私らの仕事は空中写真てのもあるんだよ。地図用にヘリから撮影する。
 もちろん写真はプロが撮るんだけど。最初にヘリに乗ったときは怖かったけど、
 それもだんだんに慣れて、4人乗りのヘリである山地を飛んでた。
 そしたら、カメラマンがあっ!!って大声で叫んでね。私も下を覗いたら、
 真っ黒な蛇が尾根にいたんだ。けどね、周囲との縮尺を考えたら
 100m以上ある蛇だよ。ありえないだろ。カメラマンが、
 あれは撮りませんから!って叫んで、見てるうちに蛇はずるっと 
 谷に落ちて消えたんだよ。な、信じられないだろ」 「・・・・」


 





古墳の発掘の話

2020.03.24 (Tue)
bigbossmanです。1週間ほど前、自分が大学のときに卒論を指導して
いただいた先生の退官記念パーティーに出席しました。
といっても、自分が卒業した大学の主催ではありません。
先生は定年退官後、別の大学に名誉教授として招かれ、
そこで74歳まで教鞭を取られてたんですね。すごいことだなあと
思います。自分は大学では史学、中でも考古学を専攻したため、
そのパーティは考古学関係の大先生が大勢来ておられ、
自分が占い師をやってることを知っている先生方が多かったので、
冷やかされることしきりでした。ま、他にそんな人はいませんからねえ。
当時の同期や先輩後輩の中には、このブログのことを知っていて、
読んでくださっている方もそれなりにいました。

で、2次会の途中で先生が帰られることになったので、若輩者の
自分ともう一人がタクシーでお送りすることになりまして、
その車内で先生は、「bigbossman君、君、オカルトのブログをやって
 るんだってんねえ」とおっしゃられ、大変恐縮しました。先生は続けて、
「いや、そういう弟子がいるのも面白いよ。私もね、長年発掘調査を
 やってるから、不可思議なことはいくつか体験しているから」
「あ、よろしければお聞かせください」ということで、
2日後に先生のお宅に伺い、聞かせていただいたのが以下の話です。
先生のご自宅は神戸のほうにあり、質素と言えるたたずまいでした。
「あれはね、私がまだ学生の頃、3年生だったな、大学が主催する
 発掘調査に下働きとして同行したときの話だよ」

現在の発掘調査は、ほとんどが地方自治体の教育委員会が主管して
いますが、昔は大学が主体となって行うことも多かったんです。
「滋賀県の前方後円墳、琵琶湖東岸の〇〇古墳ね。当時は、年代は4世紀
 半ば以降と見られてたが、最近は3世紀後半まで早まってる」
こう言われれば、さすがにどの古墳のことかはわかります。
「ははあ、このところ大和と近江の関係の重要性が強く言われるように
 なってきてますよね」 「そう。その発掘は表土をはがすとこまで
 終わって、作業員さんたちの手作業に入ったとこでね」
ここで少し説明させていただくと、古墳の発掘の場合、盛土に木が
生えていたら、伐採して根を掘り起こし、表面の土を一定の深さまで
削ります。それは委託された建築会社が重機を使ってやるんです。

そこで測量をやり直し、作業員さんたちがスコップを使って手作業で
掘り進めていく。作業員は、近辺の主婦の方などのアルバイトが
多いですね。「で?」 「私と同期の仲間数名で、出てきた土器片
 などを洗浄し、スケッチし、番号をつけて整理分類してた」
「そのあたりは今と変わりませんね」古墳の発掘というと、
映画のインディ・ジョーンズを連想される方もいるかもしれませんが、
実際はきわめて地味な作業の積み重ねでなんす。「で?」
「当時は今と違って、夜間は警備保障なんかは頼まず、学生が
 仮設テントに泊まり込んでたんだ」 「ああ、なるほど」
「3人グループで交代してテントに泊まるんだが、発掘中の古墳を
 荒らしにくる者なんていない。だから、お酒を持ち込んでて、

 皆で飲んでから寝たんだよ」 「はい」 「そのときに夢を見た。
 これがなんとも恐ろしいものでね。気がついたら夜の古墳の上に
 いたんだが、体が動かない。正確には、手は動くが足がダメだった。
 真っ暗でわからないが、腰のあたりまで土に埋まってるんだと思った」
「夢の中なのに真っ暗ってことですか」 「そうだ。手で探ると、
 すぐに土にさわる。あと、体には薄いザラザラした布を着てる
 ようだったな」 「で?」 「とにかく寒いんだよ。それとだんだん
 心細くなってきた。夢とはわからないから、何で自分がこんな状態に
 なってるか思いもつかない」 「はい」 「そのうちに、動物の
 鳴き声が聞こえてきてね。ワオーンという遠吠え。それが重なって、
 たくさんの数がいるとわかる」 「野犬ですか」 

「そのときはそう思ったが、今から考えると狼だったのかもしれない」
「で?」 「そいつらがだんだん近づいてきて、タッタッという足音や、
 ハーハーいう息づかいが聞こえる。どうも円を描くように私の
 まわりを回ってるみたいなんだ。その円がだんだんせばまって、
 獣臭さがしてきた。もう、すぐそこまで来てる」 「怖いですね」
「息がかかるほどの近くにいる。これはダメだ、喰われるのか、
 そう思ったときに、ギャーという悲鳴が聞こえて目が覚めたんだ」
「それは先生の悲鳴じゃないんですね」 「ああ、テントに寝てた
 3人が同時に立ち上がり、私がカンテラをつけた。悲鳴を上げたのは
 仲間の一人だったんだな。それで、毛布をかけて寝てたんだが、
 3人とも腰から下が土まみれになってたんだよ」

「うーん、それで?」 「体には特にケガしたようなとこはなかったから、   
 3人で話をしたら、驚いたことに他の2人も私と同じ夢を
 見ていたんだよ。下半身を土に埋められて、周囲を動物に囲まれてる夢。
 どういうことなのかは誰もわからなかった。ただ、体についてるのは
 古墳の土とよく似てたな」 「不思議な話ですねえ。先生のグループの
 前後にも学生が泊まってたわけでしょ。その人たちは夢は見なかったんですか」
「私たちだけみたいだった」 「どうしてなんでしょうか」
「その翌日の発掘作業で、前方部に穴の跡が3つ見つかったんだよ。
 穴があったかどうかは、中の土の色が違っているのでわかるだろう」
「はい」 「穴は3つとも人の下半身が入れるほどの深さで、当時の見解では、
 古墳造営のときに出たゴミを埋めた穴じゃないかってことになった」

「うーん」 「ただ、私たち3人は、そこに人が埋められてたんじゃないかって
 考えたけどね」 「それ、おっしゃらなかったんですか」 「偉い先生方の前で
 夢の話はできないよ。今とは違って師弟関係が厳しかったし」
「惜しかったですね。現在の技術なら、残存脂肪酸なんかを測定して、
 人が埋まってたことを証明できたかもしれません」 「うん・・・
 その後も何度か宿泊したが、もう夢を見ることはなかったな。それで、
 〇〇古墳が特異な遺跡なのは知ってるだろう」 「はい、石槨と舟形木棺が
 見つかったものの、副葬品は一切なしで、おそらく木棺にも人は入って
 なかった」 「そう、よく覚えてたな。寿陵(生前にあらかじめ作っておく墓)
 だったのが、何かの理由で使われなかったとしても、上部を塞いでしまって
 るのは不自然だ」 「はい」 「そのあたりのことは今もわからないままだな」

「まだ続きがあるんですよね」 「ああ。当時ね、私はすでに女房と
 同棲してたんだ。4年のときに学生結婚したが。それで、発掘が一段落して
 部屋に戻ったとき、女房が、変なことを言い出したんだよ」 「なんと?」
「私の足が光ってるって。蛍光塗料を塗ったようとも、クラゲみたいに
 内部から光が出てるようにも見えるって。でも、私にはそれは見えなかった」
「はい」 「ただね、女房の言うことは信じたよ。女房はほら、京都のある
 神社の生まれだったろう」 「そうでした」 「だから、ときどき不思議な
 ことを言うけど、まず外れることはなかった」 「で?」
「お祓いを受けたほうがいいってことで、女房の実家に行ってわけを話したら、
 それだけでは足りないだろうって言われて、京都の山中で禊をした。
 胸まで滝壺に浸かることを何度かくり返したら、光は消えたみたいだった」

「うーん、解釈が難しい話ですね。後日談などはありますか」
「それが、嫌なのがあるんだ」 「ぜひお聞かせください」
「私と同じ夢を見た同期の仲間2人な。その2人にはお祓いの声は
 かけなかったんだよ。当時はそこまで気が回らなかった。で、卒業後、
 一人は有名なゼネコンに入って、工事で遺跡が出てきた場合の担当になった」
「ああ」 「で、3年後、立ち会っていた工事で重機の事故が起き、
 下半身不随になったんだよ」 「う」 「もう一人は、社教主事の資格を
 取って、ある県の教育委員会に勤めたんだが、5年後だったか、
 やはり発掘中の事故で下半身不随、2人ともケガから数年後、失意のうちに
 亡くなってる」 「うう」 「このことがあってね、私は古いものに
 対する畏れを持ち、慎重に行動するようになったんだよ」

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